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あなたが想像する、あるいは考える「エコビレッジ」「エコシティ」はどのような姿ですか?重視していることはなんでしょうか?どのような暮らしなのでしょうか?
そのエコビレッジであなたは何をしますか?何ができますか?
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この記事へのコメント
エコビレッジと聞いてはじめに思い浮かんだ像の一つとしてアーミッシュがあります。
アーミッシュはアメリカ合衆国・ペンシルバニア州やオハイオ州に居住するドイツ系住民の一派で、電気を使用せず、現代の一般的な通信機器(電話等)も家庭内にはない。原則として、現代の技術による機器を生活に導入することを拒み、近代以前と同様の生活様式を営む人々のことで、宗教上の理念からこういった暮らしをしているようです。
人間が他の自然と共生できていない部分よして筆頭に挙がるのはやはり科学技術の保持なので、それを捨て去るこの生活スタイルはエコビレッジの一つの姿ではないかと思う。
また逆に科学技術を積極的に使って現在の暮らしの中にある環境負荷を低減するのもまた一つの道かと思います。
太陽電池などが良い例です。
アーミッシュはアメリカ合衆国・ペンシルバニア州やオハイオ州に居住するドイツ系住民の一派で、電気を使用せず、現代の一般的な通信機器(電話等)も家庭内にはない。原則として、現代の技術による機器を生活に導入することを拒み、近代以前と同様の生活様式を営む人々のことで、宗教上の理念からこういった暮らしをしているようです。
人間が他の自然と共生できていない部分よして筆頭に挙がるのはやはり科学技術の保持なので、それを捨て去るこの生活スタイルはエコビレッジの一つの姿ではないかと思う。
また逆に科学技術を積極的に使って現在の暮らしの中にある環境負荷を低減するのもまた一つの道かと思います。
太陽電池などが良い例です。
Posted by 0613006 at 2008年01月22日 00:34
ビデオで見たエコビレッジは、さすがに真似はできないかなと思った。あそこまで自給自足の生活には変えられないが、普段の暮らしで家庭栽培をしたり、ゴミをそのまま捨てるのではなく肥料にするなど、小さなことだが、たくさんの人が実行したらかなりのエコになるのではないか。また、ネットで検索してみると家の建築に昔ながらの土壁や竹を使い、冷暖房を必要としない家を作っていたりと色々な分野でエコビレッジという言葉が使われていた。案外自分が気づかないうちに参加しているかもしれない。
重視することは、無理をせずあくまでできる範囲でやること。エコは1回2回やっただけではなんの意味もない。毎日続けることがエコに繋がるので、無理はしないことだ。
重視することは、無理をせずあくまでできる範囲でやること。エコは1回2回やっただけではなんの意味もない。毎日続けることがエコに繋がるので、無理はしないことだ。
Posted by 0541069 at 2008年01月22日 14:56
社会のコミュニケーションが環境保全活動に与える影響力。今回の講義で、それがどれほどのものなのかを考えさせられた。
私の考えるエコシティとは、コミュニケーションが溢れる都市。
身近な事を例に出すと、小学校の制服を近所の子にまわしたり、駅まで近所の人と車の相乗りをしたり、保育園のお迎えを当番制にしたり。
物の貸し合い、譲り合い、共有などは仲が良ければたやすいことであるはず。
色々な人とコミュニケーションを取る。まずその努力をしたい。皆がその気持ちになればそこから先は自然とエコシティに向けて都市が起動していくと思う。
私の考えるエコシティとは、コミュニケーションが溢れる都市。
身近な事を例に出すと、小学校の制服を近所の子にまわしたり、駅まで近所の人と車の相乗りをしたり、保育園のお迎えを当番制にしたり。
物の貸し合い、譲り合い、共有などは仲が良ければたやすいことであるはず。
色々な人とコミュニケーションを取る。まずその努力をしたい。皆がその気持ちになればそこから先は自然とエコシティに向けて都市が起動していくと思う。
Posted by 0614008 at 2008年01月23日 00:03
今までエコビレッジのようなことは考えたことがなく、考えても非現実的なことしか思い浮かびませんでした。やはりオーロヴィルが最も理想的であり、ここのシステムにはとても驚きました。オーロヴィルを見ると、ソーラーパネルなど自然環境を利用した技術が必要不可欠であり、この環境技術面を重視したエコビレッジなども必要と感じました。太陽光や風力からのエネルギーを効率よく変換できるようにすれば、化石燃料の発電に頼る必要がなくなると考えています。
Posted by 0611027 at 2008年01月23日 01:24
ビデオで紹介されていたエコビレッジに対しては、0541069さんと同じ考えで、地球のことを考えないわけではないがさすがにあそこまで極端にはできないと思った。
無理のない程度でしか多くの人は動かないはずです。また当面の間、危機的状況に陥る心配がない以上は私も含めて積極的に自己の利便を犠牲にして環境を守ろうと考える人は少ないのではないでしょうか。ならば、無理のない程度で少しでも多くの人が変わろうと意識し、行動に移せることが大切なのではないかと思います。
”エコビレッジ:環境負荷の少ない生活”と聞いて、最近(少し前かな?)話題に上ることが増えた江戸時代の生活スタイルを先に連想しました。海外の事例に学ぶのも悪くないと思いますが、私はそれよりもこちらのほうをベースに考えていくほうが好きです。
無理のない程度でしか多くの人は動かないはずです。また当面の間、危機的状況に陥る心配がない以上は私も含めて積極的に自己の利便を犠牲にして環境を守ろうと考える人は少ないのではないでしょうか。ならば、無理のない程度で少しでも多くの人が変わろうと意識し、行動に移せることが大切なのではないかと思います。
”エコビレッジ:環境負荷の少ない生活”と聞いて、最近(少し前かな?)話題に上ることが増えた江戸時代の生活スタイルを先に連想しました。海外の事例に学ぶのも悪くないと思いますが、私はそれよりもこちらのほうをベースに考えていくほうが好きです。
Posted by 0511010 at 2008年01月23日 02:35
ビデオにあったエコビレッジはとてもいい形をしていると思える。環境にいいからという理由だけで原始的な生活に帰るのではなく、現代の便利な文明の利器と自然が無理なく見事に調和されているのが何よりも理想的だと感じる。私が何よりも重要視するのは無理のない自然と化学の調和である。
現代人は自然を代償に生活の豊かさを手に入れた。にもかかわらずいきなり環境のためだからといって、それらを捨て去ることなどできない。私はその豊かさに甘えつつ楽しく環境によい生活を送りたい。そしてそこで、何がどのような影響を与えるかなどの調査をしてよりよい方法を導き出していきたいと思う。
現代人は自然を代償に生活の豊かさを手に入れた。にもかかわらずいきなり環境のためだからといって、それらを捨て去ることなどできない。私はその豊かさに甘えつつ楽しく環境によい生活を送りたい。そしてそこで、何がどのような影響を与えるかなどの調査をしてよりよい方法を導き出していきたいと思う。
Posted by 0614030 at 2008年01月23日 11:00
エコビレッジは今の現状では難しいと思います。それは今、文明が進化し楽な生活を営んでいる中で、急な生活の変化には対応できないだろう。私は高校時代に菜園家族という本を読んだ。これは週休5日制にし、この5日は農業で自給自足をする生活をし全国民に安定した暮らしを提供するといったものだ。しかし、これにも問題はあった。やはり今の暮らしから抜け出せないと言うものだ。問題を解決するには世界レヴェルで環境問題を意識し、少しずつ小さなことからでも行動に移すことが大切だと考えます。
Posted by 0614050 at 2008年01月23日 11:07
私がエコビレッジの生活スタイルとして考える姿は、生活する人々が環境に対して少しでも負担の少ない生活を心がけていることです。授業VTRにおいてのエコビレッジは確かに極端な例ではあるけれど、人間が発達させた科学技術が環境に負担を与え、人々の生活や自然環境に悪影響をもたらせるならば、これも一つの姿なのだろうと思いました。人間の科学技術により少しでも環境負荷を減らせるならば、これらの技術を取り入れていくべきだし、一人一人の努力により、私たちは環境負荷軽減に積極的に取り組んでいくべきなのだと思います。エコビレッジで私たちはゴミ分別やリサイクル、リユースなど、身近なことから取り組んでいくことができます。エコビレッジで重視されることは、小さな環境への努力をみんなの協力によって続けていくことなのだと私は思います。
Posted by 0614041 at 2008年01月23日 11:30
実際ビデオのようなエコビレッジを今の日本で行うのは難しいと思う。しかしできない事ではない。小さなエコを積み重ねる事を重視すれば環境負荷を減らすことは可能である。例えばリサイクルやリデュースやリユースの3Rなどがある。これらを行う事は非常に簡単であり年齢関係なしに皆ができるエコである。このように今の生活に小さなエコをプラスする人を増やしていくのが重要である。後は本当に個々人の環境に対する意識を改革することが必要だと思います。
Posted by 0614034 at 2008年01月23日 11:33
私の想像するエコビレッジとはやはり一番初めに農業を懸命にやっている人々を思いつきました。今のオートメーション化している農業とは違い、自分たちの必要としている食料を自分たちで栽培するという自給自足の生活は自然を壊さない良い方法だと思います。機械がいっさいなかった時代のように人の手のみで田畑をつくりあげ、食物を栽培し、糞尿を肥料とし、収穫するという自然のものを自然にかえすそのサイクルをうまく利用していき、生活を営んでいくことが理想の形だと思いました。
Posted by 0614057 at 2008年01月23日 11:38
エコビレッジというものを初めて知りました。生活に必要なもの、食料から電気から水まですべて自分たちで賄うことはすばらしいと思いました。まさに理想郷です。
誰かが村をまとめているわけでなく、みんながみんなをまとめているというか、自分を完全にまとめあげている気がしました。もし自分のやりたい事が少しでも自分の中で解決できそうにない、自然の中ではまかり通らなかったらやらない、そんな風に見えました。村の住人はみんなをれを確実に守っているようにみえたので素晴らしいです。なので、私の考えるエコビレッジはビデオでみたような自分勝手なことをせず、自然のなかで自立し、村民が大切なところを助け合っていけるような村をエコビレッジだと考えます。そのなかで私ができることは村民と、環境と共生することだと思います。
誰かが村をまとめているわけでなく、みんながみんなをまとめているというか、自分を完全にまとめあげている気がしました。もし自分のやりたい事が少しでも自分の中で解決できそうにない、自然の中ではまかり通らなかったらやらない、そんな風に見えました。村の住人はみんなをれを確実に守っているようにみえたので素晴らしいです。なので、私の考えるエコビレッジはビデオでみたような自分勝手なことをせず、自然のなかで自立し、村民が大切なところを助け合っていけるような村をエコビレッジだと考えます。そのなかで私ができることは村民と、環境と共生することだと思います。
Posted by 0614039 at 2008年01月23日 11:44
私は「エコビレッジ」というものの定義が非常に難しいと思う。「オーロヴィル」のように大規模に徹底したエコについて考えることもそうであるが、水や紙の節約を少しするだけでもエコにつながるからである。どちらにしても環境にやさしい生活をするのに、強制されて行うのは、生活していく上で苦痛を感じて、生活そのものがいやになってしまう。各々ができる範囲でできると思うことからやっていくことが本当のエコにつながると思う。実際、「オーロヴィル」の人々は生活するのに、規則に強制されて生活している印象は受けなかった。
しかし、本気で環境に負担をかけない生活をしたいならば、「エコビレッジ」などを作らなくても「エコビレッジ」で行っていることをあたりまえのこととして誰もがやっていく必要があると思う。「エコビレッジ」という言葉を使わなくてもよくなることを目標にしなくてはならないと感じた。
しかし、本気で環境に負担をかけない生活をしたいならば、「エコビレッジ」などを作らなくても「エコビレッジ」で行っていることをあたりまえのこととして誰もがやっていく必要があると思う。「エコビレッジ」という言葉を使わなくてもよくなることを目標にしなくてはならないと感じた。
Posted by 0614056 at 2008年01月23日 11:44
私は人間と自然の間に色々な壁があるように思います。自然はいつでも人間と共存出来るでしょう。
私の思うエコビレッジは自分たちで今日食べる物を取ること。薬品などを使わずに、ナイフや手で絞めたり、山菜を見分けたりすることが出来ればもっとも良いと考えますが、きっと今の先進国の人には無理だと思います。
そこで、今のままで少しでも自然と共存する為に、僧のような生活が良いと思います。食事に味の濃淡や量を問わず、食卓に並ぶまでに命を落とした者、料理してくれた者に感謝をし、毎日村の人とゆっくりとした時間を過ごすことが重要だと思います。
私はそんな村に住むことが出来れば自分たちが食べる分の耕作をしたいと思います。
時計の変わりに、風と太陽で時間を知りたいです。そうすれば車に乗ることも電気をそんなにたくさん使うことも無く、土や水、大気を汚すこともありません。
共存はとても難しいことかもしれません。しかし世界の奥地で昔ながらの伝統を守って生きている人がいます。その人達は先進国の影響さえなければ、うまく自然と共存していけています。
今の人間は自然と共に生きていく為に、昔ながらの生活を思い出す必要があると考えます。
私の思うエコビレッジは自分たちで今日食べる物を取ること。薬品などを使わずに、ナイフや手で絞めたり、山菜を見分けたりすることが出来ればもっとも良いと考えますが、きっと今の先進国の人には無理だと思います。
そこで、今のままで少しでも自然と共存する為に、僧のような生活が良いと思います。食事に味の濃淡や量を問わず、食卓に並ぶまでに命を落とした者、料理してくれた者に感謝をし、毎日村の人とゆっくりとした時間を過ごすことが重要だと思います。
私はそんな村に住むことが出来れば自分たちが食べる分の耕作をしたいと思います。
時計の変わりに、風と太陽で時間を知りたいです。そうすれば車に乗ることも電気をそんなにたくさん使うことも無く、土や水、大気を汚すこともありません。
共存はとても難しいことかもしれません。しかし世界の奥地で昔ながらの伝統を守って生きている人がいます。その人達は先進国の影響さえなければ、うまく自然と共存していけています。
今の人間は自然と共に生きていく為に、昔ながらの生活を思い出す必要があると考えます。
Posted by 0614060 at 2008年01月23日 12:08
今回の講義のビデオで見た『オーロヴィル』のような暮らしは、私には絶対に無理だと思いました。私の考えるエコビレッジの姿は環境を良くしようと努力することです。例えば、市バスや電車などの公共交通機関を整備して自動車やバイクなどの使用を少し抑えたり、家庭菜園などをベランダに設けるためにリサイクルのプランターなどを無料で支給したりして自給自足ではないけども買い物を抑えることで無駄ゴミなどを出さないようにする。
どうしても今の暮らしを変えてまで『オーロヴィル』のようなエコに参加する人は私を含め少ないと思うので、このような『エコビレッジ』だと誰もが参加しやすいと思います。
この『エコビレッジ』ならぜひ家庭菜園をしてみたいです。食費も減らせることでフトコロ事情も温まるので助かります。
どうしても今の暮らしを変えてまで『オーロヴィル』のようなエコに参加する人は私を含め少ないと思うので、このような『エコビレッジ』だと誰もが参加しやすいと思います。
この『エコビレッジ』ならぜひ家庭菜園をしてみたいです。食費も減らせることでフトコロ事情も温まるので助かります。
Posted by 0721048 at 2008年01月23日 15:17
私が考えるエコビレッジは環境のためにいつも心がけているのは当然であるが、意識せずとも自然に習慣として行えるような場である。たとえば、現在でいえばドイツの町のように国の政策として環境を考えるだけでなく、一人一人の国民がそれに熱心に取り組む町。通学、通勤が自転車で、買い物は家から持ってきた袋に入れて、そのようなことが普通と思えるような環境の町である。私はそのような環境になじんでごく自然に環境にやさしい行動が出来ればいいと考える。
Posted by 0613035 at 2008年01月23日 15:37
エコシティー、エコビレッジと聞いてもなかなかどんなものか具体的に思い浮かんでこない。
話を聞いて環境と共存し、より環境に優しい暮らしを考える人々が集まったものということはわかった。
まず自給自足をし、再生可能な自然エネルギーを使用して生活をするものだと思う。太陽光発電や風力発電を利用するのではないだろうか。何も開発しないわけではなく、開発は人々の暮らしを便利にし、環境に負担をかけないように行われる。まさに環境と共存するものだと考えられる。
またエコはひとりだけの力でも短期の努力でも成立しないので、長期に渡って地道な努力をする必要があるだろう。
話を聞いて環境と共存し、より環境に優しい暮らしを考える人々が集まったものということはわかった。
まず自給自足をし、再生可能な自然エネルギーを使用して生活をするものだと思う。太陽光発電や風力発電を利用するのではないだろうか。何も開発しないわけではなく、開発は人々の暮らしを便利にし、環境に負担をかけないように行われる。まさに環境と共存するものだと考えられる。
またエコはひとりだけの力でも短期の努力でも成立しないので、長期に渡って地道な努力をする必要があるだろう。
Posted by 0741023 at 2008年01月23日 17:30
私はビデオを見て、私たち日本人が、今オーロヴィルのような生活を行うことは無理であると感じました。しかし、私たちが今行っている小さなエコを積み重ねていけば、エコビレッジになるのではないかと思います。今私は湖風祭実行委員会に所属し、ゴミ分別を奨めたり、ノーマイカー運動を推進したり、様々な環境対策を行っています。このような小さなエコを、少しでも多くの人が行うだけでも、大きな変化につながっていくのではないかと思います。
Posted by 0741025 at 2008年01月23日 19:22
僕は、エコシティー、エコビレッジという言葉もはじめて聞いたので、ピンとこないけれど、今回の講義のビデオで見た『オーロヴィル』のような暮らしは、無理だと思った。それでも今の自分達で出来ることは、一人一人の心がけだと思う。そのためにも、まず、コミュニケーションを大事にし、お互いに精進し合える環境こそこれから、必要ではないかと思った。後はエコというぐらいだから、リユーズ、リデュース、リサイクルも心がけのひとつとして、しっかりととどめておけたら、世の中変わっていくと思う。
Posted by 0722011 at 2008年01月23日 19:43
私は今回の講義で初めてオーロヴィルという環境実験都市の存在を知り、ここでは基本的には規則やルールがないということに驚いた。自分で何かをしていかなければいけないという点では、これまで整った環境で与えられることをして受身的に生きてきた私にはオーロヴィルで生活することは決して簡単ではないだろうが魅力的で素敵だと思った。「オーロヴィルがあなたのためにあるのではない。あなたがオーロヴィルのためにあるのだ」という言葉がとても印象的だった。
ビデオや講義を通して、私の理想の「エコビレッジ」「エコシティ」は‘オーロヴィル’のようなコミュニティである。重視することは自給自足である。ゆっくりとした時間が流れる中で一日一日を精一杯働き楽しめるような暮らしが理想である。
ビデオや講義を通して、私の理想の「エコビレッジ」「エコシティ」は‘オーロヴィル’のようなコミュニティである。重視することは自給自足である。ゆっくりとした時間が流れる中で一日一日を精一杯働き楽しめるような暮らしが理想である。
Posted by 0541079 at 2008年01月23日 20:47
『エコ』と聞くと『都心部から離れた農村』というイメージが思い浮かびます。なぜ農村が思い浮かぶのかと考えてみると、農村は都心部と違って環境汚染も比較的少なく、かつ物を大切にしているイメージがあるからでしょうか。
私の考えるエコビレッジとは、自給自足・生活の工夫・汚染が少ない村です。
やはり田舎では、エアコンに頼る都会と違って寒さや暑さをしのぐ工夫が見られます(夏の窓によしずを掛けたり)。
この先、『エコ』と聞いて都心部も思い浮かぶよう、都心部も3Rを積極的に取り入れ、小さなことから工夫することが必要だと思います。
私の考えるエコビレッジとは、自給自足・生活の工夫・汚染が少ない村です。
やはり田舎では、エアコンに頼る都会と違って寒さや暑さをしのぐ工夫が見られます(夏の窓によしずを掛けたり)。
この先、『エコ』と聞いて都心部も思い浮かぶよう、都心部も3Rを積極的に取り入れ、小さなことから工夫することが必要だと思います。
Posted by 0614054 at 2008年01月23日 20:56
今回初めてエコビレッジという言葉を聞いた。私が思うエコビレッジは一言では言い表せられないけれど、建築の面から見ると『環境共生住宅地』を増やすことだと思う。できるだけ自然環境を脅かさないように住宅を配置して、自然エネルギーやビオトーブ、雨水利用なども行う。快適で健康に暮らすと同時に周りの自然を守り育てていくことは、環境破壊が進行している現代にとっては必要不可欠なことだと思う。
Posted by 0613042 at 2008年01月23日 22:07
滋賀県のなかでも自給自足の家として有名な家庭がある。授業でその家を訪れ、直接お話を聞くことができる機会があった。山の中の一軒家で周りには様々な 四季の野菜が実り、自ら建てた日本建築の家は暑い日差しの中でも涼やかさを感じることができ、着物も蚕を飼って紡いだ絹から作り出していた。ほぼ自給自足ではあるが電話なども通っており、現代の文明を否定せず、受け入れた上で今の生活を営んでおられた。こんなにも身近にエコそのものの生活を送れる人がいるのだから、現代の電気に頼り切っている文明であっても、村、町単位でこれを行うことは決して不可能ではないと本気で思えた。
Posted by 0633021 at 2008年01月23日 23:04
最も理想的なエコビレッジという言葉の意味をビデオを見てもっと深く理解できるようになった。私は環境のためには今我々に出されている課題、例えば、ごみの分別やリサイクルなどがきちんとできれば十分なことだと思ったのに、これぐらいのエコビレッジの紹介を見てほんとに驚いた。そうと言っても原始時代に戻ったわけではなく、太陽力や風力を使って自然を汚染しないように上手にコントロールしているからこそ、いろんな国の人々にも知られているだろう。こういうような活動などをやろうとしたら、ほんとにできないことでもないと思う。「働きながら環境を保つ」ぜひいい課題になれると信じてる。
Posted by 人減文化学部地域文化学科 0730027 at 2008年01月23日 23:55
エコビレッジと聞いて真っ先に思い浮かんだのが、ドラえもん世界の21世紀だ。到底今の技術では不可能だが、そこでは環境にやさしい、というよりも環境問題そのものを駆逐してしまうような道具にあふれていた気がする。が、現実的とはまったくいえず、実際にエコを考えたコミュニティを作るなら、便利な道具を使わず自然に立ち返った、おそらく現代人の大半は苦労するであろう社会しか思い浮かばない。それでも、社会を作るうえでは苦労は当たり前だろうし、オーロヴィルのような生活でも人間はやろうと思えば適応できるだろう。死ぬ前にはドラえもんのような世界が見たいものだけども。
Posted by 0614015 at 2008年01月24日 00:21
私の想像する「エコシティ」の姿は、ある程度の文明・技術を維持しつつ、できる限り無駄や廃棄物の少ない、つまり環境負荷の少ない社会だ。生活のレベルを極端に下げない程度の文明を維持しながら、太陽光、風力、バイオエネルギーなどクリーンなエネルギーでそれらを用い、より環境負荷の少ない、効率のよい技術の開発も行う。ゴミはリサイクル、コンポスト化がされ、資源として再利用される。町には人工物と里山のような自然が同居し、そこから得られる資源はその地域で利用される。
こんな生活はあまりにも理想的過ぎるかもしれないが、それぞれが利己的な考えを捨て、生活、発展のペースを落とせば少しずつだが近づけるのではないだろうか。活性化されたコミュニティの中で人間同士の共生が成り立てば、自然との共存につながり、全てが正のサイクルで循環し、「エコ」であることが当たり前の世界になるだろう。地球が私たちのためにあるのではない。私たちが地球のためにあるのだ。
こんな生活はあまりにも理想的過ぎるかもしれないが、それぞれが利己的な考えを捨て、生活、発展のペースを落とせば少しずつだが近づけるのではないだろうか。活性化されたコミュニティの中で人間同士の共生が成り立てば、自然との共存につながり、全てが正のサイクルで循環し、「エコ」であることが当たり前の世界になるだろう。地球が私たちのためにあるのではない。私たちが地球のためにあるのだ。
Posted by 0611002 at 2008年01月24日 00:23
オーロヴィルは、今まで人が作り上げてきた科学技術と自然が融合している場所で、今までの人の暮らしは否定されがちだけれど、長い歴史の中があったからこそ研究されてきたことが生かされて生活していて、今だからこそできることなんだなと思いました。
私が考えるエコシティは、ひとつひとつのことが全てリサイクルされるという生活に無駄のないところです。
オーロヴィルのように、物質的な便利さや見栄にこだわらない生活をする場所で、いかに心を豊かに暮らしていけるのかが重要視されています。
私がオーロヴィルやエコシティにいったら、何で貢献していけばいいのだろうと考えたときに、何もないということに気がつきました。なにかひとつでもいいから人に教えたり、それで暮らしていけるような技術を身に付けなければと思いました。
私が考えるエコシティは、ひとつひとつのことが全てリサイクルされるという生活に無駄のないところです。
オーロヴィルのように、物質的な便利さや見栄にこだわらない生活をする場所で、いかに心を豊かに暮らしていけるのかが重要視されています。
私がオーロヴィルやエコシティにいったら、何で貢献していけばいいのだろうと考えたときに、何もないということに気がつきました。なにかひとつでもいいから人に教えたり、それで暮らしていけるような技術を身に付けなければと思いました。
Posted by 0541077 at 2008年01月24日 00:40
よくエコという言葉を耳にするが、本当のエコとはなんのであろうか。私の考えでは、それは他の動物と同じように生きることなのではないだろうかと思う。極端な話、人間は今までの文化を捨てることがエコの究極な形と言えよう。
エコビレッジではその形に近づこうという動きと見ることはできないだろうか。すなわち自給自足を行い、自然と共に生きることである。自分はそこまで出来ないが環境に負担をかけるようなことを1つでも減らす努力をしようと考えている。
エコビレッジではその形に近づこうという動きと見ることはできないだろうか。すなわち自給自足を行い、自然と共に生きることである。自分はそこまで出来ないが環境に負担をかけるようなことを1つでも減らす努力をしようと考えている。
Posted by 0613007 at 2008年01月24日 03:06
私の想像する「エコシティ」「エコビレッジ」は、人間の生活が持続的農業と密接している姿です。
各戸はロシアに見られるダーチャのような、小規模家庭菜園を必ず持ち、ハウスメーカーや建築事務所の提供する住宅も、家庭菜園があることが前提で設計されてきます。各家庭は、有機農法や焼畑農法で家庭菜園を持続的に大切に使用し、食物を自給します。それを家族全員で手伝うことで、家庭における個人の重要性も向上します。同時に、菜園には生き物が宿り、自然生態系にも一体化します。
現在の日本は、ビジネス・経済の中心「都市」と、食物の生産地「田舎」という具合に、都市計画上ぱったり分けて、都市から田舎へ、田舎から都市へと互いに必要なものを輸送しあって依存する仕組みをとっていますが、それは地域破壊やガソリンの消費など、さまざまな弊害を引き起こしています。もし、家庭一つ一つ、地域一つ一つでものの循環が成立し、独立した無数の系の集合体が日本、というかたちにできたとしたら、日本の抱えるいくつかの大きな問題が解決できるでしょう。理想論でしかないのかもしれませんが、私はそんなエコシティ、エコビレッジを想像します。
各戸はロシアに見られるダーチャのような、小規模家庭菜園を必ず持ち、ハウスメーカーや建築事務所の提供する住宅も、家庭菜園があることが前提で設計されてきます。各家庭は、有機農法や焼畑農法で家庭菜園を持続的に大切に使用し、食物を自給します。それを家族全員で手伝うことで、家庭における個人の重要性も向上します。同時に、菜園には生き物が宿り、自然生態系にも一体化します。
現在の日本は、ビジネス・経済の中心「都市」と、食物の生産地「田舎」という具合に、都市計画上ぱったり分けて、都市から田舎へ、田舎から都市へと互いに必要なものを輸送しあって依存する仕組みをとっていますが、それは地域破壊やガソリンの消費など、さまざまな弊害を引き起こしています。もし、家庭一つ一つ、地域一つ一つでものの循環が成立し、独立した無数の系の集合体が日本、というかたちにできたとしたら、日本の抱えるいくつかの大きな問題が解決できるでしょう。理想論でしかないのかもしれませんが、私はそんなエコシティ、エコビレッジを想像します。
Posted by 0613003 at 2008年01月24日 03:51
僕の夢見るエコビレッジとは条件として、
①完全に自立循環型であること
(エネルギーや・食・すべてのものにおいて)
②生活の水準はある程度確保する
③村の中はコミュニティーにあふれていること
この3つがそろっていることです。
①の自立循環型というのは薪・ソーラー・風力などによってエネルギーを生みだしそのエネルギーの範囲内で消費する。食生活は自給自足である。②の生活水準においては現代の水準までとは言わないが、昔の生活に戻ったのでは技術の発展を否定することにつながるのである程度は確保しなければならないと考える。③のコミュニティーについては、精神的にも豊かな生活を送ることを意味します。
現代の技術ではそれをしようと思うと生み出せるエネルギーが少ないのでどうしても生活水準が下がってしまう。なので今の段階では生活の質を落とすか、化石燃料を利用し使えるエネルギーを増やすしかないだろう。でもそれは未完成である。
将来的にそれを解決できるような技術ができて初めて、エコビレッジは完成するのではないかと思う。
①完全に自立循環型であること
(エネルギーや・食・すべてのものにおいて)
②生活の水準はある程度確保する
③村の中はコミュニティーにあふれていること
この3つがそろっていることです。
①の自立循環型というのは薪・ソーラー・風力などによってエネルギーを生みだしそのエネルギーの範囲内で消費する。食生活は自給自足である。②の生活水準においては現代の水準までとは言わないが、昔の生活に戻ったのでは技術の発展を否定することにつながるのである程度は確保しなければならないと考える。③のコミュニティーについては、精神的にも豊かな生活を送ることを意味します。
現代の技術ではそれをしようと思うと生み出せるエネルギーが少ないのでどうしても生活水準が下がってしまう。なので今の段階では生活の質を落とすか、化石燃料を利用し使えるエネルギーを増やすしかないだろう。でもそれは未完成である。
将来的にそれを解決できるような技術ができて初めて、エコビレッジは完成するのではないかと思う。
Posted by 0613050 at 2008年01月24日 05:28
私の想像していたエコビレッジは、ビデオで出てきた、植林などをして森を作ったり、野菜などを作ったり、家畜を飼ったりするのを考えていた。ビデオの出てきた風車までは想像できたかもしれないがソーラーパネルまでは考え付かなかった。ビデオの出てきたエコビレッジは、近代的な感じがして、現代的な方法もあるのだなと思った。
重視する点は、住民の一人ひとりが協力をし、自然の資源を大切に扱うことである。資源は一人では、守ることも増やすことも困難だから、大人数の協力が必要不可欠だと思う。
私がエコビレッジでできることは、住民と協力しながら、環境のことを考え、自分のできることを継続的にやっていくことである。私の性格では、前者のほうが難問であるが、必要であることはわかっているので、できる限り努力しようと思う。
重視する点は、住民の一人ひとりが協力をし、自然の資源を大切に扱うことである。資源は一人では、守ることも増やすことも困難だから、大人数の協力が必要不可欠だと思う。
私がエコビレッジでできることは、住民と協力しながら、環境のことを考え、自分のできることを継続的にやっていくことである。私の性格では、前者のほうが難問であるが、必要であることはわかっているので、できる限り努力しようと思う。
Posted by 0614052 at 2008年01月24日 09:31
エコビレッジと聞くと思い浮かぶのが、電気も水道もなく自給自足の生活。もちろん機械のない世界。毎日がキャンプ生活といったようなものだ。
今回見たビデオのエコビレッジではソーラー発電やゴミを発酵させることでガスを得るなど、エネルギーをエコな形で作っていた。また、ひとつのコミュニティーとしてなりたっており、想像してたものよりかなり先進的な形であると感じた。
僕の考える理想のエコビレッジでは、無理にエコを意識せずに暮らしていけることがポイントで、ビデオに出てきたエコシティと半ば似ている。しかし、普段の生活で小さなエコ(エネルギー節約etc)をしているからといってエコビレッジというような大それたものとは考えないが、ビデオに出てくるように一部の地域で行われている計画的(分からないが)なもの、コミュニティーが作られているようなものとは考えが異なる。理想とは難しいものでその中間がやはり人にとってエコを考えつつ暮らせる良い世界なのではないだろうか?僕が考える中ではこのような理想的な世界は、各々のヒトにより考えが様々なのでいくら時間がたとうとも現実には成り立たないと思う。
今回見たビデオのエコビレッジではソーラー発電やゴミを発酵させることでガスを得るなど、エネルギーをエコな形で作っていた。また、ひとつのコミュニティーとしてなりたっており、想像してたものよりかなり先進的な形であると感じた。
僕の考える理想のエコビレッジでは、無理にエコを意識せずに暮らしていけることがポイントで、ビデオに出てきたエコシティと半ば似ている。しかし、普段の生活で小さなエコ(エネルギー節約etc)をしているからといってエコビレッジというような大それたものとは考えないが、ビデオに出てくるように一部の地域で行われている計画的(分からないが)なもの、コミュニティーが作られているようなものとは考えが異なる。理想とは難しいものでその中間がやはり人にとってエコを考えつつ暮らせる良い世界なのではないだろうか?僕が考える中ではこのような理想的な世界は、各々のヒトにより考えが様々なのでいくら時間がたとうとも現実には成り立たないと思う。
Posted by 0614016 at 2008年01月24日 10:26
講義で見たビデオのような生活は現実日本では出来ないし、出来ない事をする必要は無いと思う。
これまで努力して培ってきた技術を無理やり捨てる事も無い。逆にその知識、技術も共に利用する事を考えてもいいのではないだろうか。
日本でエコビレッジを実現するなら、モデルとするべきはやはり、日本にあったものが良いだろう。例えば、平安~江戸時代には様々なエコが実現されていたと思われる。気候や土壌にそこまで大きな古代日本と現代日本で変化があった訳ではないので海外モデルをむやみに真似するよりは成果が出ると私は思う。
その中で私が出来ることは理解する努力、実現する努力と周囲との協力だと思う。現代のように住民の繋がりが希薄なままでは無意味であると思うので、周囲との繋がりを特に強く持つ事が出来るようになりたい。
これまで努力して培ってきた技術を無理やり捨てる事も無い。逆にその知識、技術も共に利用する事を考えてもいいのではないだろうか。
日本でエコビレッジを実現するなら、モデルとするべきはやはり、日本にあったものが良いだろう。例えば、平安~江戸時代には様々なエコが実現されていたと思われる。気候や土壌にそこまで大きな古代日本と現代日本で変化があった訳ではないので海外モデルをむやみに真似するよりは成果が出ると私は思う。
その中で私が出来ることは理解する努力、実現する努力と周囲との協力だと思う。現代のように住民の繋がりが希薄なままでは無意味であると思うので、周囲との繋がりを特に強く持つ事が出来るようになりたい。
Posted by 0721001 at 2008年01月24日 10:35
エコビレッジについてのイメージだが、そもそもエコビレッジという言葉を講義で始めて知ったので、講義でのイメージがすべてになる。 講義で見たエコビレッジは、正直現在の日本では実現できないと考える。 何故なら、今は大量生産、大量消費の時代であり、現在利用しているエネルギーのシステムを、完全に自足する事は不可能であると考えるからである。 しかし、エコビレッジが存在し得るのであれば、そこで大切になってくるのは、持続性のあるコミュニティの創生であると思う。 その為には、そのコミュニティに住む人々が環境についての意識レベルを向上し、更に個々のライフスタイルを環境を意識したものにし、リサイクル、リユース等に積極的に取り組む必要がある。
Posted by 0613041 at 2008年01月24日 11:02
私の想像したエコシティは、まず、必ず環境がよい。いい環境があるかぎり生活が順調にできると思っている。住んでいる人々は環境守る意識が強くごみ問題や地球温暖化問題なし、自給自足の暮らしをしてほしい。
私の想像したエコシティは実現できないものではないと信じている、ただし今生活しているわれわれの守る意識次第が大事である。
今の人たちは以前より意識がよくなると感じている、環境問題を解決のために、たくさんの人が活動している。これからそんな人達がどんどん増えてに違いない。みんなが影響を受けて理解し努力し意識が上がっていくと思っている。
私の想像したエコシティは実現できないものではないと信じている、ただし今生活しているわれわれの守る意識次第が大事である。
今の人たちは以前より意識がよくなると感じている、環境問題を解決のために、たくさんの人が活動している。これからそんな人達がどんどん増えてに違いない。みんなが影響を受けて理解し努力し意識が上がっていくと思っている。
Posted by 0735022 at 2008年01月24日 11:26
今の社会に対してエコビレッジが非常に難しいと思っている。ちょうど今の季節は例をとして言うと、最近すごくなっている、家に必ずエアコンをつける。またガス料金も増えているとニュースなどで見ていた。今年の冬一ヶ月のガス料金がほぼ一家1万円ぐらいかかっている。
私がエコビレッジの生活スタイルとして考える姿は、生活する人々が環境に対して少しでも負担の少ない生活をしてほしい。もしちょっと厚く服を着てエアコンの温度が1度~2度下がったら、節約できながら環境が守れるだろう。しかしわれわれは進んでいる技術商品の中で生き慣れているからなかなか意識できない、多分自分がくつろいでいる時ぜんぜん環境の考えていない。
今の社会でコビレッジの生活が多分無理なことと思うけど、これから人々が環境についての意識がアップし、環境問題に関して詳しく説明し、できるだけ周りのエネルギーや自然を考えて積極的に環境を守ったらエコビレッジの生活は夢じゃないと思っている
私がエコビレッジの生活スタイルとして考える姿は、生活する人々が環境に対して少しでも負担の少ない生活をしてほしい。もしちょっと厚く服を着てエアコンの温度が1度~2度下がったら、節約できながら環境が守れるだろう。しかしわれわれは進んでいる技術商品の中で生き慣れているからなかなか意識できない、多分自分がくつろいでいる時ぜんぜん環境の考えていない。
今の社会でコビレッジの生活が多分無理なことと思うけど、これから人々が環境についての意識がアップし、環境問題に関して詳しく説明し、できるだけ周りのエネルギーや自然を考えて積極的に環境を守ったらエコビレッジの生活は夢じゃないと思っている
Posted by 0635017 at 2008年01月24日 11:55
エコビレッジという言葉自体を初めてこの講義で聴きました。
今までは、そういったものが存在していることすら知りませんでした。
それでも、エコビレッジと聞いて最初に想像したのは、電気や電話といったものがなく、本当に自然のみで生活する場所だと思いました。
講義を聴いたあとに私が想像したエコビレッジは、自然と共生し、環境を守る文明的なものです。
ただ、自然と共生するのみではなく、環境を守るということが重要だと思いました。
現在の社会において、エコビレッジのような生活をできる人は少ないと思います。
かつ、日本においては、今後、しばらくはあまり広がるコトのようには思えません。
それでも、いつの日にかは、エコビレッジの考えと生活は広がるものであると思っています。
今までは、そういったものが存在していることすら知りませんでした。
それでも、エコビレッジと聞いて最初に想像したのは、電気や電話といったものがなく、本当に自然のみで生活する場所だと思いました。
講義を聴いたあとに私が想像したエコビレッジは、自然と共生し、環境を守る文明的なものです。
ただ、自然と共生するのみではなく、環境を守るということが重要だと思いました。
現在の社会において、エコビレッジのような生活をできる人は少ないと思います。
かつ、日本においては、今後、しばらくはあまり広がるコトのようには思えません。
それでも、いつの日にかは、エコビレッジの考えと生活は広がるものであると思っています。
Posted by 0721028 at 2008年01月24日 13:13
実際問題、オーストラリアのアボリジニ、アメリカのインディアンなどみたいに完全自給自足の生活をすることは無理だろう。
しかし、現在科学技術の発達で人間が自分勝手に環境破壊をしたことは事実。それを踏まえたうえで、VTRで見たようなエコビレッジは無理としても世界が、特に日本がもう少し自給自足することを重く考え、農業の充実、無駄な森林破壊の抑制、京都議定書のような世界的な環境基準をもっと増やし、少しのエコ、小さなエコシティを作ることは可能ではないのか?
私はこれからの世界に生きていく一員として、環境問題に取り組む第一人者として、世界の環境問題の視点を変えるまでいけたらなと、思う。
しかし、現在科学技術の発達で人間が自分勝手に環境破壊をしたことは事実。それを踏まえたうえで、VTRで見たようなエコビレッジは無理としても世界が、特に日本がもう少し自給自足することを重く考え、農業の充実、無駄な森林破壊の抑制、京都議定書のような世界的な環境基準をもっと増やし、少しのエコ、小さなエコシティを作ることは可能ではないのか?
私はこれからの世界に生きていく一員として、環境問題に取り組む第一人者として、世界の環境問題の視点を変えるまでいけたらなと、思う。
Posted by 0613017 at 2008年01月24日 14:12
私が考える“エコビレッジ”、“エコシティ”は環境とうまく共存し、またそこにいる人たちも、より環境によい生活を考える人たちが集まったものです。環境に優しい建築の利用や太陽エネルギーなどの自然エネルギーの利用、また、雨水や排水の循環再生で水を循環利用、地域通貨や組合組織で、支え合う地域経済を実践するなど、自給自足や現代の技術を生かし、自然環境と科学がうまく調和していることが大事だと思います。今からこんな理想的な暮らしを始めろといわれてもすぐには出来ないと思いますが、このような生活は次第に当たり前の暮らしとして浸透していくものだと思います。自分たちで汗水流して作った物や時間をみんなと共有しながら生活する、そんな生活が望ましいと思いました。
Posted by 0613026 at 2008年01月24日 14:16
エコビレッジ、エコシティ…環境に優しい村、街。直訳してみた。環境に良いって何だろう。一番は何もないことが、一番環境に優しいのではないだろうか。環境を破壊するのは、僕ら、人間。人間が欲を持ちすぎたために、環境は荒らされた。今さら、何もない状態にするのは無理である。では、どうすることならできるだろう。それは、人間が欲をセーブすることではないだろうか。今の日本は発展しすぎている。そして更にその上を目指している。なぜ上を目指すか。欲があるからである。今ある環境でみんなが十分に楽しめる街。それがエコシティ。
そこには、ケータイ、パソコンに依存しない、人と人とのコミュニケーションが溢れた街が広がっている。
そこには、ケータイ、パソコンに依存しない、人と人とのコミュニケーションが溢れた街が広がっている。
Posted by 0613028 at 2008年01月24日 14:37
私が想像するエコビッレジでは、各家庭や町レベルのエコを重視すると思う。各家庭単位のエコとは、各家庭がベランダや庭に家庭菜園を設け、少しでも自給自足をする。また、ソーラーパネルを設置しエネルギーの供給源とする。町単位のエコとは、ゴミを減らすためにマイ箸マイバッグの義務づけや、生分解性プラスチックの使用をする。そしてエネルギー確保にソーラーや地熱、風力、潮力、またゴミを燃やす際の熱エネルギーを利用する。そういった無駄のない暮らしが私の考えるエコビッレジである。
Posted by 0611023 at 2008年01月24日 14:38
初め、エコヴィレッジと聞いて思いついたのは自然にあるものだけを使い生活するというような禁欲的なものだと想像していたが今回のオーロヴィルを見て、考え方がかなり変わった。自然のものをつかいできるだけ自給自足で生活を行うというシステムは同じであるが人々の暮らしを厳しく制限することなく好きな仕事をし町全体が家族のように生活していく今までになかったような改良されたいいシステムだと思う。
もし住んだとしたら、自分のやりたい仕事を見つけたり日本食など自分が今まで体験してきたその村の中で自分しかできないことなどで仕事をして自由気ままに暮らしていきたい。
今回の講義でかなり興味がわいたが実際、自分に住むことが可能かどうかはわからない。
今なら何を起こすにも時間はあるだろうしそこで働ける能力は十分に見いだせると思う。しかし、もしそこで働いていけたとして財はこの場合保存されるのだろうか?財に執着を持つことは人間誰しもそうだと思うし、さらに仕事につくことがこの村の生活条件だとして仕事といってさぼっていく人が増えていったりしたらどうなるだろう。それらの要因などをうまく解決することがこの村がさらに人口が増えていったときに村が存続できるかの鍵になると思う。
もし住んだとしたら、自分のやりたい仕事を見つけたり日本食など自分が今まで体験してきたその村の中で自分しかできないことなどで仕事をして自由気ままに暮らしていきたい。
今回の講義でかなり興味がわいたが実際、自分に住むことが可能かどうかはわからない。
今なら何を起こすにも時間はあるだろうしそこで働ける能力は十分に見いだせると思う。しかし、もしそこで働いていけたとして財はこの場合保存されるのだろうか?財に執着を持つことは人間誰しもそうだと思うし、さらに仕事につくことがこの村の生活条件だとして仕事といってさぼっていく人が増えていったりしたらどうなるだろう。それらの要因などをうまく解決することがこの村がさらに人口が増えていったときに村が存続できるかの鍵になると思う。
Posted by 0611022 at 2008年01月24日 14:43
私が考えるエコシティ、エコビレッジとは、持続可能な町である。それはオーロヴィルのように独自の自治を持ち、環境に負荷を与えることなく食料、日用品、電力をすべて自分たちでまかなえる町である。このように、すべての生活を自分たちでまかなえるのであれば、他の都市のように外国から安い木材や食料を輸入することによって間接的に環境破壊に関わることもない。
また、このような町を成り立たせるには精神的なつながりが非常に重要となってくる。一人一人が自分勝手な行動をとっていては、この町は成り立たないのである。個人がこの町全体のことを一番に考えなければならないのである。
私がこの町の一員であるなら、私はこの町を広げたいと思う。それが環境を守ることにつながるだろう。
また、このような町を成り立たせるには精神的なつながりが非常に重要となってくる。一人一人が自分勝手な行動をとっていては、この町は成り立たないのである。個人がこの町全体のことを一番に考えなければならないのである。
私がこの町の一員であるなら、私はこの町を広げたいと思う。それが環境を守ることにつながるだろう。
Posted by 0611014 at 2008年01月24日 14:53
今回この講義を受けて私は、「エコビレッジ」とは自然と共に生きていくことだと思いました。人間が自然と共に生きていくということは、お互いに良い影響を及ぼしていかなくてはいけません。そのためには、自然から与えられるエネルギー(太陽、風力など)を有効に活用し、また食物は持続可能な農法を取り入れる必要があります。そうすることで、自然を破壊することばかりしている現在から自然と共に生きていく「エコビレッジ」を作っていけると思います。
Posted by 0611024 at 2008年01月24日 15:01
エコビレッジ、エコシティにおいて大切な事はサイクルが整っていることであると感じました。自給自足をするには収穫後、次の作物を作る準備をしなくてはなりません。そのために種を少し残すなどの循環作業が欠かせなくなると思いました。人と人との関係も同じく。近所付き合いにより余分な物の交換、移譲もあるだろうしそれによって多くの資源が無駄なく利用されるように思えます。完全に自給自足とならずとも科学の力も少なからず借りて、しかし科学に寄りかかるだけでない生活が私の考えたエコビレッジ、エコシティ像です。
Posted by 0614037 at 2008年01月24日 15:47
「エコビレッジ」・「エコシティ」
私は、これらのヒントになるのは地産地消ではないかと思う。自給自足と似たような意味の言葉であるが、地域に生産されたものをその地域で消費することは、住民たちの意識が変わることにも繋がるのではないだろうか。現在の日本では外国からの輸入に依存しすぎていると思う。各地域が地産地消を行うことで、国内全体がエコな場所へと変化していくのだ。また、今でも行われている地域があるかもしれないが、太陽光発電を今以上に普及させ、自分の家の電気はもちろん余った電気を電気会社に売ることができるというようなシステムを広めることで、人々の意識が自然と変わっていくのではないだろうか。
こういった村や町で自分にできることは何だろうと考えると、やはり地域で取れる木材などを用いて住宅などを建てることだろう。間伐材の使用法問題にも繋がると思う。
また、LOHASという言葉にもあるように、健康や環境、持続可能な社会生活を心がける生活スタイルをもっとみんなが理解していく必要があると思う。
私は、これらのヒントになるのは地産地消ではないかと思う。自給自足と似たような意味の言葉であるが、地域に生産されたものをその地域で消費することは、住民たちの意識が変わることにも繋がるのではないだろうか。現在の日本では外国からの輸入に依存しすぎていると思う。各地域が地産地消を行うことで、国内全体がエコな場所へと変化していくのだ。また、今でも行われている地域があるかもしれないが、太陽光発電を今以上に普及させ、自分の家の電気はもちろん余った電気を電気会社に売ることができるというようなシステムを広めることで、人々の意識が自然と変わっていくのではないだろうか。
こういった村や町で自分にできることは何だろうと考えると、やはり地域で取れる木材などを用いて住宅などを建てることだろう。間伐材の使用法問題にも繋がると思う。
また、LOHASという言葉にもあるように、健康や環境、持続可能な社会生活を心がける生活スタイルをもっとみんなが理解していく必要があると思う。
Posted by 0613001 at 2008年01月24日 16:02
“人間の培ってきた技術を生かした環境にいいまち”毎回大体こんな感じの意見を述べてきて、今回も似たような他人任せの理想論で終わってしまいそうなので、あくまで、自分ができることについて。まず、公共広告機構がCMで流していそうな内容は意外にできていなかったりするので、今一度真剣にやってみようと思う。
この豊かさ、生活レベルの中で生きていきたいと思っている一個人として、環境によりよい選択、行動をする。
人間ひとりにできることは基本的に小さい。理想的なシステムを生み出すような大きいことができる人は極めて少ない。わかったうえでわたしはできることをやるだけ。
この豊かさ、生活レベルの中で生きていきたいと思っている一個人として、環境によりよい選択、行動をする。
人間ひとりにできることは基本的に小さい。理想的なシステムを生み出すような大きいことができる人は極めて少ない。わかったうえでわたしはできることをやるだけ。
Posted by 0633022 at 2008年01月24日 16:05
僕の想像する「エコビレッジ」は自分達で自給自足の生活をしながら輸入にも頼らないで生活していくことです。そのためには農業をしながら、地域の人々と協力してお互いが生きていけるように支えあっていくことが大切だと思います。ゴミの分別やゴミを減らす努力をみんながするようにして、電気も太陽光発電にして環境に優しい生活をすることです。ただ、これは理想であって今の自分がこの「エコビレッジ」住んで生活していくことはとても辛いと思います。なぜなら、今の便利な生活に慣れてしまっているし、今の生活を捨ててまで自給自足の生活をしようとは思わないからです。確かに、地球にとっては「エコビレッジ」のような村は理想のようなところだと思います。でも、そのような生活が実際にできるかといったらとても苦しいと思います。ただ、本当に地球が環境問題で危なくなったときにはこのような環境の中で生きていくことも考えておかないといけないと思いました。
Posted by 0722002 at 2008年01月24日 16:35
現代において、地球温暖化などで、人々の環境に対する意識は高まってきていると思う。しかし、エコという言葉だけが先行して、内容が薄いものになってきているような気がします。
私が考えるエコという言葉の概念は日本の里山での暮らしがそのまま当てはまると思います。ただ単に自然を大事にするのではなく、人と自然のちょうどよいバランスが保たれていて、豊かな自然に囲まれていながらも、物質的に不自由のない生活ができるからです。
そして、今の生活は娯楽が多すぎるように思います。豊かな自然の中で物づくりなどの娯楽を見つけ出せれば、今の生活環境を少し変えるだけで、エコと呼べる生活ができるように思います。
私の考えるエコビレッジとは、生活に必要な物資だけでなく、娯楽も自然から得られる無駄のない暮らしだと思います。
私が考えるエコという言葉の概念は日本の里山での暮らしがそのまま当てはまると思います。ただ単に自然を大事にするのではなく、人と自然のちょうどよいバランスが保たれていて、豊かな自然に囲まれていながらも、物質的に不自由のない生活ができるからです。
そして、今の生活は娯楽が多すぎるように思います。豊かな自然の中で物づくりなどの娯楽を見つけ出せれば、今の生活環境を少し変えるだけで、エコと呼べる生活ができるように思います。
私の考えるエコビレッジとは、生活に必要な物資だけでなく、娯楽も自然から得られる無駄のない暮らしだと思います。
Posted by 0611012 at 2008年01月24日 17:21
エコビレッジと聞くと地球に優しい生活を思い浮かべる。エコビレッジはもしこうなら環境がよくなるという理想を実践した生活だ。循環型社会を作るために、小規模で、ビレッジ内での人とのつながりが多くなる。これは利潤を追求した現代の生活とは間逆である。より安いものを作るには大量生産をすると効率がよく、仕事は分担したほうが効率がよい。今の段階ではエコビレッジは余り定着しないような気がする。
Posted by 0614002 at 2008年01月24日 17:26
私が想像するエコビレッジは、持続的に暮らしていけること。それは、近代の科学技術に頼らない生活をすることだと思う。いくら、エコだ、といっても科学技術に頼った生活では、持続的に暮らせない。たとえば、環境に優しいと言われるソーラーパネルを1枚作るにしても、有限な材料から作るわけで、持続的に暮らすことはできない。結局オードビルの生活は、非持続的な科学技術に頼ったものであり、この生活様式を営み続けることはできないと思う。映像ではバイクで移動する人を結構見ることができた。科学技術のおいしいところだけを享受しているオードビルは、結局自己満足でしかないのではと思ってしまう。
しかし、縄文時代の生活をしろと言われてもできるわけがない。それでは、どういった生活をすればいいのか?私は、日本で昔から営まれてきた里山の生活が理想に近いと思う。自然を支配するのではなく、自然のサイクルに合わせた生活。日本以外にも、そのような生活様式はたくさんある。つまり、その土地、環境に適した、理にかなった生活こそが、エコビレッジではないのだろうか。そんな中で、私は畑でも耕しながらのんびり暮らせたら幸せだと思う。
しかし、縄文時代の生活をしろと言われてもできるわけがない。それでは、どういった生活をすればいいのか?私は、日本で昔から営まれてきた里山の生活が理想に近いと思う。自然を支配するのではなく、自然のサイクルに合わせた生活。日本以外にも、そのような生活様式はたくさんある。つまり、その土地、環境に適した、理にかなった生活こそが、エコビレッジではないのだろうか。そんな中で、私は畑でも耕しながらのんびり暮らせたら幸せだと思う。
Posted by 0611006 at 2008年01月24日 17:56
基本的な理念としては、持続可能な社会であること。作物をつくり自給自足をしつつ、生活に必要な食器、衣服などについては各エコヴィレッジごとに役割を振り分け、複数のエコヴィレッジの相互の助け合いによって成り立つ社会。エネルギーについては太陽光発電などの自然エネルギーに依存している。
この社会において自分の役割は、いかに省資源省エネルギーでサスティナブルな住居を建てるか。建築は建てることに多くエネルギーをつかうし、使えなくなったときは最大のゴミとなってしまう。しかし、いくらエコヴィレッジといっても張りぼてのような住居ではいけないだろうから、エコヴィレッジを持続させるカギになると思う。
この社会において自分の役割は、いかに省資源省エネルギーでサスティナブルな住居を建てるか。建築は建てることに多くエネルギーをつかうし、使えなくなったときは最大のゴミとなってしまう。しかし、いくらエコヴィレッジといっても張りぼてのような住居ではいけないだろうから、エコヴィレッジを持続させるカギになると思う。
Posted by 0613008 at 2008年01月24日 20:14
私が想像するエコビレッジは現代技術を受け入れないのではない。そのような宗教的な頑なな姿勢ではなく、今の技術を生かした資源の利用と廃棄物処理について特化して進歩した都市である。その点で環境実験都市オーロヴィルと重なる。そこで重要なのは住人達の倫理観の成長であり、私がそこで出来る事と言えば具体的な方法は思い付かないが、環境教育に力を入れる事だと思う。そこでの暮らしは今とは確実に違うものだが、大きく異なりはしないと思う。福祉等の別分野との兼ね合いから生活水準あまり落せないはずなので、見かけ上は現在とほとんど変わらないけれど、そこでの人々の意識・知識・行動が確実に今と異なるはずである。
Posted by 0614010 at 2008年01月24日 22:02
私が理想として考えるエコビレッジでは、一人一人が当たり前のように今よりも「エコ」についてを考えて、行動に移すだけで十分だと考えます。それはビデオで見たようなエコビレッジにはかなりの時間と個人の意識面においての覚悟が必要だと思い、また、今のままの生活を続けているだけではとてもエコビレッジとは言えないでしょう。国の政策として行うのではなく、しっかりと心がけることが大事です。自動車をあまり使わず自転車を多く使ったりするだけで少しずつかもしれませんが変化があるでしょう。自分たちで気が付き、かつできるかぎりの範囲でやることが、ビデオで見たようなエコビレッジにつながっていくと思います。そこで私ができることはみんなと同じように少しでもゴミを減らしたり、電気を節約したりすることです。
Posted by 0614053 at 2008年01月24日 22:09
私が想像する「エコビレッジ」というものは、環境に付加の与えない生活。昔のような生活であったり、自給自足の生活を想像する。
しかし、近代化の進むこの時代に、そのような生活に戻る事は不可能に近いだろう。
「実際に昔の生活に戻れるか?」と聞かれたら、「戻れる」と自身を持って言う事はできない。
しかし、太陽光発電、電気自動車など環境に対する意識も高くなっているし、リサイクル、リユース、リデュースと3Rといった、ゴミを減らす運動がCMで流れる程、環境に対する意識が高まって来ている。その意識を高める事で少しずつでもエコビレッジ、エコシティに近づく事ができるだろう。
しかし、近代化の進むこの時代に、そのような生活に戻る事は不可能に近いだろう。
「実際に昔の生活に戻れるか?」と聞かれたら、「戻れる」と自身を持って言う事はできない。
しかし、太陽光発電、電気自動車など環境に対する意識も高くなっているし、リサイクル、リユース、リデュースと3Rといった、ゴミを減らす運動がCMで流れる程、環境に対する意識が高まって来ている。その意識を高める事で少しずつでもエコビレッジ、エコシティに近づく事ができるだろう。
Posted by 0614025 at 2008年01月24日 22:20
我々は昔から利己的に動いてきた。その結果現在に至まで様々な問題が発生した。環境問題もその一つで、ビデオで出た例では人々が木を伐採しつくして一面荒地になっていた。この絶望的状況から今は木々が生い茂る村に生まれ変わっていたのに驚いた。水の徹底した再利用や薬用植物の利用も素晴らしかった。私がこのような村を想像するなら、やはり自給自足、環境との共存をテーマに村をつくっていきたい。そのためには特にリサイクルが重要でこれができるかできないかでは天と地の差があると思う。ゴミをゴミとしてみないということが大事である。ビデオのように水も利用できるので実行すればよりよいと思う。私はその村で次世代に、環境を保護し、我々の生活と環境をいかにうまく連立させるかを伝えていきたい。
Posted by 0611028 at 2008年01月24日 23:43
私はこの授業で「エコビレッジ」「エコシティ」という言葉を初めて聞いた。これを聞いて一番に思いついたのは、“環境に優しい村・町”である。具体的にどうといわれると、リサイクル・リユースなど、今日私達が行っていることをもう少し重点的に行っている町のことだと思った。そんな風に考えていたので、勿論ビデオのような例はさすがに思い浮かばない。
色々調べてみると、緑化計画を推し進めていたり、建材に竹などの自然物を使用しているマンションや住宅にもこの言葉が使われていた。これも一つの“エコビレッジ・シティ”なのだとすれば、私も将来家を持つときはこういう家に住みたい。そして畑のような大規模のものは作れないが、自家栽培をしたりと、身近に出来ることをしていきたい。
色々調べてみると、緑化計画を推し進めていたり、建材に竹などの自然物を使用しているマンションや住宅にもこの言葉が使われていた。これも一つの“エコビレッジ・シティ”なのだとすれば、私も将来家を持つときはこういう家に住みたい。そして畑のような大規模のものは作れないが、自家栽培をしたりと、身近に出来ることをしていきたい。
Posted by 0613032 at 2008年01月25日 00:36
私が想像するエコビレッジは、そこに住む人々が自分のやるべきこと、やりたいことを自分で見つけ、ひとりひとりが環境に良い生活を送るための1つの要素として構成される村である。村が人のためにあるのではなく、ひとりひとりが村のためにいるのである。
今の私たちの社会では、これといって自分のやるべきこと、やりたいことを意識しなくても、何かをさせられる環境にあるが、エコビレッジでは、何か職につかなければならないというルールがあるだけで、後はその人次第である。このような仕組みは、自由であるのと同時に大変厳しいものである。
また、スピリチュアル性という面は、私には理解しがたいものがある。実際にエコビレッジで生活すれば、そのような考え方が自然とできるようになるのかもしれないが、現段階では少し難しい。
これらのことから、環境と共存するエコビレッジは素晴らしいと思うが、すべての人に向いているわけではないので、エコビレッジのことをたくさんの人が知り、その生活に賛同し、エコビレッジで暮らしたいと考える人の数に合わせて、オーロヴィルなどのいくつかの限られた地域から、もう少し規模を拡大した多数のエコビレッジの設立を目指すべきだと思う。
今の私たちの社会では、これといって自分のやるべきこと、やりたいことを意識しなくても、何かをさせられる環境にあるが、エコビレッジでは、何か職につかなければならないというルールがあるだけで、後はその人次第である。このような仕組みは、自由であるのと同時に大変厳しいものである。
また、スピリチュアル性という面は、私には理解しがたいものがある。実際にエコビレッジで生活すれば、そのような考え方が自然とできるようになるのかもしれないが、現段階では少し難しい。
これらのことから、環境と共存するエコビレッジは素晴らしいと思うが、すべての人に向いているわけではないので、エコビレッジのことをたくさんの人が知り、その生活に賛同し、エコビレッジで暮らしたいと考える人の数に合わせて、オーロヴィルなどのいくつかの限られた地域から、もう少し規模を拡大した多数のエコビレッジの設立を目指すべきだと思う。
Posted by 0722035 at 2008年01月25日 00:46
エコビレッジとは私が考えるに、機械が環境負荷を全く掛ける事はなく、また地震や洪水など一見自然災害の環境でもエネルギー変換ができ、環境と発展がバランスの取れた理想の塊を具現化したものです。全世界に太陽電池が設置され、自動車などの排気ガスはもはや毒性はなく、むしろその排気ガスを利用してくん製の食品が作れるみたいな感じです。ただ、実現は限りなく年月がかかると思うので、実際に出来るゴミを減らす、再利用を重点的に行い、機械化から半機械化へ腰を持ち上げる事が一番実現可能な物だと思います。例えば自動車利用を自転車利用へ、食品を一ヶ所で一斉に作り余ったら別の村などにおすそ分けしにいくなど人とのつながりが強い村にすればよいと思います。私がエコビレッジにいたら、人つながりを重視した生活を心がけ、無駄を省いた営みをしていたいですね。
ここから下はこの課題を取り組んでいてふと思った事です
私はエコビレッジというものが日本だけでなく、アメリカまで全ての世界が環境の事を考え、負荷が少ない状況になったとして、その状況の中、次に考え着く事はどうしたら発展するのだろうかとなるだろう。発展し過ぎたら次はどうやったら環境に優しい生活になるだろうかと。このように相容れぬ環境と発展の二つの特性をどのようにすればいいのかを考えていけば良いと思う。やはり相容れぬ物どおし、どちらかのバランスが崩れれば問題点、あるいは争い点となって人間達に降りかかる。かといって絶対的かつ完璧なバランス性を求める事ができれば、それはそうと次の問題が発生してくる。極端に例えるなら完璧過ぎて面白くないのように。
これらの事を考えて、人間同士何をしても問題が発生するのだから、バランスが取れていようがいまいが一緒な様に思える。だから当初の議題とはだいぶ飛んでしまうが、人間としてのさがを乗り越える事が出来れば、問題は起きないと思う。逆に言えば、どんだけ問題を解決しようとしても、団結、意見一致、決して世界中の人間では出来ないので無意味だとも考える。
ここから下はこの課題を取り組んでいてふと思った事です
私はエコビレッジというものが日本だけでなく、アメリカまで全ての世界が環境の事を考え、負荷が少ない状況になったとして、その状況の中、次に考え着く事はどうしたら発展するのだろうかとなるだろう。発展し過ぎたら次はどうやったら環境に優しい生活になるだろうかと。このように相容れぬ環境と発展の二つの特性をどのようにすればいいのかを考えていけば良いと思う。やはり相容れぬ物どおし、どちらかのバランスが崩れれば問題点、あるいは争い点となって人間達に降りかかる。かといって絶対的かつ完璧なバランス性を求める事ができれば、それはそうと次の問題が発生してくる。極端に例えるなら完璧過ぎて面白くないのように。
これらの事を考えて、人間同士何をしても問題が発生するのだから、バランスが取れていようがいまいが一緒な様に思える。だから当初の議題とはだいぶ飛んでしまうが、人間としてのさがを乗り越える事が出来れば、問題は起きないと思う。逆に言えば、どんだけ問題を解決しようとしても、団結、意見一致、決して世界中の人間では出来ないので無意味だとも考える。
Posted by 0522021 at 2008年01月25日 01:37
エコビレッジ・エコシティというのは、少なからず環境を学んだり、環境に関心のある人ならば1度は想像するものではないかと思う。
都市の中で小規模にエコを考えるなら、私たちは容易に実現可能である。一般に言われる、「環境にやさしく暮らす」という目標の元に生活していれば、本人の中では少なくともエコなのだろうから。 しかし、自己満足でなく、本当に環境悪化を阻止するため、真のエコの形は人間が今のような大きな、発展しすぎた文明を継続する以上は困難であると思う。
完璧な「自給自足」しかも原始の時代に限りなくちかい生き方をすること、それがエコビレッジ・シティとなるのではないだろうか。
人がビレッジであれ、シティであれ、そこに暮らすことを自然と隔離された場ととらえるのではなく、自然・環境の一部分であることを常に実感できるものがエコ○○○・・・と呼ぶにふさわしいと思う。
都市の中で小規模にエコを考えるなら、私たちは容易に実現可能である。一般に言われる、「環境にやさしく暮らす」という目標の元に生活していれば、本人の中では少なくともエコなのだろうから。 しかし、自己満足でなく、本当に環境悪化を阻止するため、真のエコの形は人間が今のような大きな、発展しすぎた文明を継続する以上は困難であると思う。
完璧な「自給自足」しかも原始の時代に限りなくちかい生き方をすること、それがエコビレッジ・シティとなるのではないだろうか。
人がビレッジであれ、シティであれ、そこに暮らすことを自然と隔離された場ととらえるのではなく、自然・環境の一部分であることを常に実感できるものがエコ○○○・・・と呼ぶにふさわしいと思う。
Posted by 0613021 at 2008年01月25日 01:38
『エコシティ』というからには日常的にエコの暮らしを続けることが重要なのであり、一回二回で終わったりたまにしかしなかったりというのでは意味がない。ビデオに出てきたような暮らしはまさに『エコシティ』であり、地球と共存していくという考え方において本当に理想的なものであると感じた。しかし、世界のどこかにこのような村や町が存在しているという事実があっても、私達の誰もが同じ生活を送れるかどうかはわからない。同じ人間である限り、私達の今までの生活から贅沢なもの、便利なものをのけていけば生物として生きていくことは十分可能だろう。しかし、私達は今の便利な生活をそんな簡単に捨てられるだろうか。捨てた気でいても、数日たてば必ず私達は元の便利な生活に戻りたいと望み、エコ生活を止めてしまうだろう。それでは意味がない。何より重要なことは持続させられること。具体的にこんな生活だと説明することは難しいが、限られた数人が100のことをするよりも、そこにいる全員が1のことからコツコツしていく方がずっといいと思う。私の考えるエコシティは、小さなことでもいいからたくさんの人ができるエコをいつまでもずっと行う、そんな町です。
Posted by 0741011 at 2008年01月25日 02:04
エコビレッジと聞けば、環境によいという印象をうけ、すばらしいことであると感じる。しかしこれを実現しようと思うとするのは厳しいと思う。今の生活を切り離していけるのか、エコを追求していく知識が自分にあるのか。課題となることが多くて、挫折してしまうと思う。エコを求めて自分を犠牲にすることはできない。自分で生活を成りたたせるだけの力や知識を持つ努力してから、このエコビレッジという言葉をもう一度考えたいと思う。今の自分はこの言葉をすごく安直にしかとらえられない。環境と向き合う生活の厳しさを知ることがこれからの自分の課題である。
Posted by 0613012 at 2008年01月25日 04:42
エコビレッジと聞くと、自然と完全に溶け込み、科学技術とゎ無縁の村落のようなものをイメージしてました。
しかし、今の技術を駆使して、環境保全に立ち向かうことも必要なんだと思った。
自然環境に人間が介入して保全をしなければ到底回復に向かうことが出来ないレベルまで達している。
昔ゎ人間の手が加わらないのが真の自然と言えただろうが。
私ゎエコビレッジを世界全体として考え、世界間の情報交換や、文化の継承を行い、技術力でもって自然を自然なものへと戻していくべきだと考えます。
しかし、今の技術を駆使して、環境保全に立ち向かうことも必要なんだと思った。
自然環境に人間が介入して保全をしなければ到底回復に向かうことが出来ないレベルまで達している。
昔ゎ人間の手が加わらないのが真の自然と言えただろうが。
私ゎエコビレッジを世界全体として考え、世界間の情報交換や、文化の継承を行い、技術力でもって自然を自然なものへと戻していくべきだと考えます。
Posted by 0613018 at 2008年01月25日 08:21
エコビレッジという言葉は今回の講義で初めて聞いたが、今回得た知識からその言葉を連想するならば、今私は日本に住んでいる身として、なかなかオーロヴィルのような生活は出来ないように感じた。本来、それが地球の生物の一種でしかないヒトの理想的な生活であったとしてもやはり、先進国のような技術に頼った生活に慣れてきてしまっている人達にそういった生活をさせるのは困難に思う。従って私の意見としては、今進んでいるゴミの再利用化や、省エネなどのエコの考え方を更に根強いものにし、そこから展開させていくけば少しは近づけるとは思う。しかし理想としては自給自足の生活で、車やテレビも無く、住宅街ではなく森に囲まれるような、本当に人間が凄く昔にしていたような生活が本当のエコビレッジであると思う。
Posted by 0613031 at 2008年01月25日 09:34
エコビレッジ、エコシティと聞いて私がイメージできるは、機械(科学)をなるべく排除した、生活の知恵を生かした中世から近代にかけての暮らしを再現している集落である。これは個人的な印象ではあるが、「エコ」とあると最も自然と人間によい状態(共存)を連想してしまう。私から見ればオーロヴィルはこれとは違い、まさしく持続的発展を目指した「現代的なエコ」であり、今後人類が目指していくべき姿の1つであると思う。資源には限界があり、人類が増え続けている以上科学技術に頼らざるを得ない場面は多々ある。そういった中で「無理せずに出来ること」をして行く、あるいは増やしていくことは大切であると思う。よって私の考えるエコビレッジとは、オーロヴィルのような「無理せず出来ることをしていき、その幅を広げていく」集落である。
そんな中で私に出来ることは、科学技術の有用性と、それがもたらした問題についてしっかりと教え、後世に伝えていくことだと思う。
そんな中で私に出来ることは、科学技術の有用性と、それがもたらした問題についてしっかりと教え、後世に伝えていくことだと思う。
Posted by 0611013 at 2008年01月25日 10:03
「エコビレッジ」と聞いて思い浮かぶのは、自然と共存できる社会です。
現代の私たちは、人間も自然の一部であるということを忘れがちになっていて、人間の都合で自然を壊しながら、自分たちが快適な生活を送るということを一番に考えて社会を築いてきたように思います。しかし、人間が自然の一部である以上、そういう自分勝手は長くは続けられないと思います。
今の社会を、急にエコビレッジに変えたいと思っても、それはたぶん無理です。一人一人が環境に対する姿勢を考え直すことが、今は必要だと思います。そうすれば、少しずつでも自然との関係は改善されていくのではないかと思います。
現代の私たちは、人間も自然の一部であるということを忘れがちになっていて、人間の都合で自然を壊しながら、自分たちが快適な生活を送るということを一番に考えて社会を築いてきたように思います。しかし、人間が自然の一部である以上、そういう自分勝手は長くは続けられないと思います。
今の社会を、急にエコビレッジに変えたいと思っても、それはたぶん無理です。一人一人が環境に対する姿勢を考え直すことが、今は必要だと思います。そうすれば、少しずつでも自然との関係は改善されていくのではないかと思います。
Posted by 0513043 at 2008年01月25日 10:24
私が考えるエコビレッジは、自然の流れ(リズム)と人間の生活の流れが、双方とも無理なく調和した状態であると思う。そういった考えを基に考えると、エコビレッジの究極は、やはり原始的な生活であると思った。実際その生活を続けていた時代は長く続き、持続していた。しかし、そんな生活にいまさら戻ることなど不可能であると断言できる。現代の形で考えたエコビレッジおよびエコシティイは、現代における人間の科学技術を使った人間の生活と自然の流れがうまく調和して、変わることなく持続できるならばそれをエコビレッジと呼べると思う。
私はそのエコビレッジで自然の流れと人間の生活を調節する役になりたい。人間の科学技術はこれからもどんどん進んでいくだろう。それをエコビレッジに取り入れ、よりよくしていくことをしたい。
私はそのエコビレッジで自然の流れと人間の生活を調節する役になりたい。人間の科学技術はこれからもどんどん進んでいくだろう。それをエコビレッジに取り入れ、よりよくしていくことをしたい。
Posted by 0612028 at 2008年01月25日 10:26
オーロヴィルの人たちは、必ずしも環境のことを考えてあのような暮らしをしているわけではない。自分たちにとってそれが必要だと感じて、いろいろな工夫をしながら生活をしている。その結果、環境を考えた暮らしになっているのだ。私が考えるエコビレッジも、自然と人間がうまく共生できるようなものだ。だからといって不便な生活を強制するのではない。重視することは、それぞれの意志で環境にあった生活をしていくことだ。
問題があれば、小さなコミュニティで話し合い、そこで話し合うことで自分がやろうとすることが、どう思われるのかとか、正しいのかとかがわかる。こうすればきっと、その土地の環境にあった、自然と共生した生活ができると思う。
私はそこで、話し合いによって自分の暮らしを考えていきたいと思う。今の社会とは違った考え方ができるようになるはずだ。
問題があれば、小さなコミュニティで話し合い、そこで話し合うことで自分がやろうとすることが、どう思われるのかとか、正しいのかとかがわかる。こうすればきっと、その土地の環境にあった、自然と共生した生活ができると思う。
私はそこで、話し合いによって自分の暮らしを考えていきたいと思う。今の社会とは違った考え方ができるようになるはずだ。
Posted by 0614021 at 2008年01月25日 10:49
ビデオを見て、オーロヴィルの生活にとても興味を引かれたと同時に、この村を作った人は素晴らしいと思った。しかし、オーロヴィルで生活することは私には無理だと思う。
確かに、オーロヴィルの生活は環境に対して優しいと思う。しかし、私が想像するエコビレッジの姿は、みんなが環境に対して意識を持って努力し、今の生活レベルを変えないまま生活できるということだ。
そのエコビレッジで、わたしは自分のしたい仕事を精一杯頑張ることができれば、とても幸せだと思う。
確かに、オーロヴィルの生活は環境に対して優しいと思う。しかし、私が想像するエコビレッジの姿は、みんなが環境に対して意識を持って努力し、今の生活レベルを変えないまま生活できるということだ。
そのエコビレッジで、わたしは自分のしたい仕事を精一杯頑張ることができれば、とても幸せだと思う。
Posted by 0614005 at 2008年01月25日 11:06
エコビレッジと聞いて思うのは、自然との共存をめざして不便な暮らしをするところです。今、私達に周りには便利なもので溢れています。しかし、それらの物が私達の住む地球を破壊しながら作られていることを私達は忘れがちです。エコビレッジはそのような人々に環境にもっと関心を持ってもらうための広告塔になっていると思います。そこに住まなくても、その存在を知るだけでも、環境のことに目が向くほどのインパクトがあるからです。もし私がこのようなエコビレッジに住むことになったら、できるだけ多くの人に知ってもらうための努力をする広告塔になります
Posted by 0614031 at 2008年01月25日 11:08
私が考えたエコビレッジとは、必要不可欠なものは現代の科学を取り入れたものを使うけれども、そうではないものは自然にあるものや自然から得たエネルギーを使用するような世界です。例えば、パソコンは使うけれども自給自足をし、作物を育てる際には無農薬にする、ソーラーパネルは現代的なものだけどそこから得られる太陽エネルギーを使い、石油などを使わなくてよいようにするなどです。
エコビレッジは末永く続けられるくらいでないと意味がないと思います。続けられるからこそエコビレッジに意味ができるのだと思います。生活すべてを自然の中に置くのではなく、現代の考え方、技術を取り入れつつ自然と調和したを生活していけたら、エコビレッジに興味を持つ人が増えるのではないでしょうか。重視していることは半分自然と共生、無理のない程度のエコな生活であると思います。私はそこで畑をしたいです。
エコビレッジは末永く続けられるくらいでないと意味がないと思います。続けられるからこそエコビレッジに意味ができるのだと思います。生活すべてを自然の中に置くのではなく、現代の考え方、技術を取り入れつつ自然と調和したを生活していけたら、エコビレッジに興味を持つ人が増えるのではないでしょうか。重視していることは半分自然と共生、無理のない程度のエコな生活であると思います。私はそこで畑をしたいです。
Posted by 0614012 at 2008年01月25日 11:10
私が「エコビレッジ」という言葉を聞いて、はじめて持ったイメージは、自然との共生が可能な場所という感じでした。
今回の授業で、ビデオを見て、今の社会に馴染んだ人が「エコビレッジ」のような生活を送るには、よほどの信念がないと無理だろうなと思いました。
砂漠だったような土地に木を植え、森を作って暮らすということは、考えるよりも難しいことだと思う。今から入植するならまだしも、最初からいる人の苦労はすごかったと思う。
そんな場所では、やはり環境保全や環境改善の意識を重視していないと生活するのは難しいと思う。少なくとも、今の日本人では、すぐに音を上げてしまうと思う。
私が「エコビレッジ」で生活するということは、できないのではないかと思いました。
今回の授業で、ビデオを見て、今の社会に馴染んだ人が「エコビレッジ」のような生活を送るには、よほどの信念がないと無理だろうなと思いました。
砂漠だったような土地に木を植え、森を作って暮らすということは、考えるよりも難しいことだと思う。今から入植するならまだしも、最初からいる人の苦労はすごかったと思う。
そんな場所では、やはり環境保全や環境改善の意識を重視していないと生活するのは難しいと思う。少なくとも、今の日本人では、すぐに音を上げてしまうと思う。
私が「エコビレッジ」で生活するということは、できないのではないかと思いました。
Posted by 0614045 at 2008年01月25日 11:18
私はエコビレッジやエコシティはまさに昔の日本の農村や里山だと思います。平地では農業が行われ、水田での循環型の食料生産が行われます。山林では林業が行われ、資源を採取出来ます。現在は石油をとるだけなくなるとおしまいです。しかし、昔の里山では代々、木を切り取るとまた苗を植えていき循環が行われています。昔の日本は循環型社会だと思います。私が考える理想のエコシティは昔の日本の社会だと考えます。
Posted by 0613043 at 2008年01月25日 11:23
私は「エコビレッジ」と聞いて、外界から隔離された空間が思い浮かんだ。決して悪い意味ではなく、そのエコビレッジという空間の中のみで循環している姿が思い浮かんだのである。外界からの資源の流入、外界への流出がなく、すべてエコビレッジ内でまかなわれているイメージを持った。自然の一部に自分たちを組み込む意識を持つことを重視し、一方で暮らしぶりは社会を形成し人間らしい秩序のある生活をする。そんな自分本位でない空間を想像した。そのエコビレッジでは、特に何もしない。ただ、人との関わりを持ち、食事を取り、日が暮れたら寝る、このような生活をする。できることといえば、生きるために必要な食料をとり、人としゃべる、そんなことぐらいである。私が想像するエコビレッジでは時間がゆっくり流れるようなゆったりした暮らしができるであろう。
Posted by 0614035 at 2008年01月25日 11:24
私が考える「エコヴィレッジ」は、(実際に自分がやるとなれば絶対に楽な方へと逃げてしまいそうなので)授業で見たオーロヴィルのような自給自足とまでは行かなくても、自分たちでできる範囲で環境にやさしい暮らしをすることである。「エコヴィレッジ」と聞くと、機械などは使わずに生活する原始的なイメージがあったが、ビデオに出てきたエコヴィレッジは太陽電池やバイクなどを利用し、「必要なときにだけ、必要なものを、必要なだけ使う」という考えは環境に対してだけではなく、その考えで育ったオーロヴィルの子供たちにも良い刺激を与え、大人になってからも環境問題を真剣に考えてくれそうな気がする。
もし私がエコヴィレッジで生活するならば、オーロヴィルの住民と環境について話し合うことで自分の今までの生活を見直し、環境に対する意識を良い方向へと変えていきたい。そしてオーロヴィルの人達は、皆得意な分野を仕事にしていたので、私も医療従事者として薬草の知識などを勉強し、住民の役に立てるようになりたい。
もし私がエコヴィレッジで生活するならば、オーロヴィルの住民と環境について話し合うことで自分の今までの生活を見直し、環境に対する意識を良い方向へと変えていきたい。そしてオーロヴィルの人達は、皆得意な分野を仕事にしていたので、私も医療従事者として薬草の知識などを勉強し、住民の役に立てるようになりたい。
Posted by 0541070 at 2008年01月25日 11:26
私は、エコビレッジの存在を知らなかったので、授業で初めて聞き、見たのですが、ビデオのオーロビルのような生活は私にはできそうにないと感じました。そこでは、テレビやパソコンなどの電化製品とはあまり縁のない生活のようでした。私にとってはそれが厳しいところです。でも、村全体で食を共にしているのは、現代では失われかけているコミュニティー性、地域性、食料やエネルギーの自給自足に関しては、とても優れていて良いものだと思います。なので、私が想像するエコビレッジは、食や団欒を住人みんなで共有できるような施設が存在し、そこを中心とした生活を行うところです。食材はほとんどが村全体での自給自足で補います。私は、エコビレッジはエコを目的としたものだと思うけど、住人同士のつながりや村全体の団結やチームワークが重要となる活動が多くあることに優れていると思います。だから、私がそこで生活するなら、村全体の共同作業に積極的に活動したいです。
Posted by 0614058 at 2008年01月25日 11:29
私の考えるエコシティ・エコビレッジとはその場所に住む人々が、人間を含めた確認されている全生物に対して、できるだけ悪影響を与えない生活を送ろうとする考えを持っている町のことである。
自分たちが生きていくうえで、しかたのない犠牲はやむをえない。たとえば、人間が、自分の生きていくために畑を作ったとする。そのせいで、そこで生きていた生物は追い出されることになる。周りの生物に影響を与えているが、これは人間誰もがしかたがないと考えるだろう。生きるためなら正当化され、便利のためなら非難される。
そこで、私の考えるエコシティでは生きていくための最低限の犠牲は許される。しかし、便利さのための犠牲は考え直される。金銭欲のためなどもっての他である。
現在存在する工場などの排出物は、エコシティの考えに反しているので、この技術は当然使うことはできない。では、確認されている中で悪影響を与えなければその技術は適用されるのか。その検証方法はその時代の技術が最先端なので、それ以上の方法は使うことはできない。しかし、検証でわからなかっただけで、もしかしたら多大なる悪影響を持っているかもしれない。
あらゆる可能性を切り捨てずに考える。あきらめずに考えることをやめずに生きていく。そういう町がエコシティだと思う。
自分たちが生きていくうえで、しかたのない犠牲はやむをえない。たとえば、人間が、自分の生きていくために畑を作ったとする。そのせいで、そこで生きていた生物は追い出されることになる。周りの生物に影響を与えているが、これは人間誰もがしかたがないと考えるだろう。生きるためなら正当化され、便利のためなら非難される。
そこで、私の考えるエコシティでは生きていくための最低限の犠牲は許される。しかし、便利さのための犠牲は考え直される。金銭欲のためなどもっての他である。
現在存在する工場などの排出物は、エコシティの考えに反しているので、この技術は当然使うことはできない。では、確認されている中で悪影響を与えなければその技術は適用されるのか。その検証方法はその時代の技術が最先端なので、それ以上の方法は使うことはできない。しかし、検証でわからなかっただけで、もしかしたら多大なる悪影響を持っているかもしれない。
あらゆる可能性を切り捨てずに考える。あきらめずに考えることをやめずに生きていく。そういう町がエコシティだと思う。
Posted by 0614017 at 2008年01月25日 11:36
エコビレッジという言葉は今回の講義ではじめて知ったのでどのようなものかしらなかったが、今回の講義ビデオで見た「オーロヴィル」のような生活は少し無理だと感じた。確かに理想的ではあるが、今の私たちの生活から「オーロヴィル」のような生活にすると非常に不便になるだろう。あんなに極端な生活は無理である。今の我々がエコを考えるならまず、ゴミの分別をしっかりする、出来るだけリサイクルをする、エコバックを持つなど自分がすぐに出来ることし、個人の環境に対する関心を高めていくことが重要だと思う。そうすれば自然と「エコビレッジ」「エコシティ」とよべるようになるのではないだろうか。
私が考える「エコビレッジ」「エコシティ」は生きている人それぞれが環境について考え生活していることである。
私が考える「エコビレッジ」「エコシティ」は生きている人それぞれが環境について考え生活していることである。
Posted by 0614011 at 2008年01月25日 11:37
エコビレッジやエコシティと呼ばれるものはコーポラティブ住宅のような考えに似ていると思います。コーポラティブとは共に創り、住まう歓びを感じること。もちろん環境に優しい仕組みづくりも大切だけど、大切なのはそこに住む人たちが「環境に優しいとはどうゆうことなのか」を考えることだと思います。どうしても楽な方に行ってしまうと思いますが、それはそれで良いと思います。でも自分に余裕があれば他の選択肢が見えてくるような気がします。普段めんどくさいと思うことも、もしかしたらちょっとめんどくさいになるかもしれない。そうゆう環境はエコビレッジと呼べるような気もします。だからいつも気持ちの余裕を持って生活したいです。
Posted by 0612041 at 2008年01月25日 11:44
まず、最終的な到達点として、すべての人が住む街がエコビレッジになるには皆がエコを考えた生活ができなければいけないと思う。
そうなるには環境に関心がある人だけがエコ活動するだけの街にしてはいけない。すべての人が必然的に環境保護をしなければならなかったり、思わずしてしまうシステムなどがあればいい。例えば家を建てる時から建築業者が太陽電池付きの家にしなければならないなどの強制的方法の導入されたシステムに加えて、環境に関心がある人には、例えば分別回収に協力していたら重さに応じてお金を支給するとか、そんなシステムの整った街が良いとと思う。そして、街の代表者は市や区などの単位でほかにどんなことができるかを話し合ったりすればもっといいと思う。そうすればさらに良くなると思う。
なぜお金を絡めるかというと、人間はやはり欲の生き物だから、環境を守ることでお金が支給されるようなシステムにすれば一気にくいついてくると思う。ちょっと悲しいが、このような街が結果的にすべての人が環境を守れる街になると思う。
自分はその街で環境を守ることを人々が根底から、人々が心からいつか環境を守り出すことを信じて、教育機関などで環境について教える人になって環境に携わりたいと思う。
そうなるには環境に関心がある人だけがエコ活動するだけの街にしてはいけない。すべての人が必然的に環境保護をしなければならなかったり、思わずしてしまうシステムなどがあればいい。例えば家を建てる時から建築業者が太陽電池付きの家にしなければならないなどの強制的方法の導入されたシステムに加えて、環境に関心がある人には、例えば分別回収に協力していたら重さに応じてお金を支給するとか、そんなシステムの整った街が良いとと思う。そして、街の代表者は市や区などの単位でほかにどんなことができるかを話し合ったりすればもっといいと思う。そうすればさらに良くなると思う。
なぜお金を絡めるかというと、人間はやはり欲の生き物だから、環境を守ることでお金が支給されるようなシステムにすれば一気にくいついてくると思う。ちょっと悲しいが、このような街が結果的にすべての人が環境を守れる街になると思う。
自分はその街で環境を守ることを人々が根底から、人々が心からいつか環境を守り出すことを信じて、教育機関などで環境について教える人になって環境に携わりたいと思う。
Posted by 0614007 at 2008年01月25日 11:49
まず、最終的な到達点として、すべての人が住む街がエコビレッジになるには皆がエコを考えた生活ができなければいけないと思う。
そうなるには環境に関心がある人だけがエコ活動するだけの街にしてはいけない。すべての人が必然的に環境保護をしなければならなかったり、思わずしてしまうシステムなどがあればいい。例えば家を建てる時から建築業者が太陽電池付きの家にしなければならないなどの強制的方法の導入されたシステムに加えて、環境に関心がある人には、例えば分別回収に協力していたら重さに応じてお金を支給するとか、そんなシステムの整った街が良いとと思う。そして、街の代表者は市や区などの単位でほかにどんなことができるかを話し合ったりすればもっといいと思う。そうすればさらに良くなると思う。
なぜお金を絡めるかというと、人間はやはり欲の生き物だから、環境を守ることでお金が支給されるようなシステムにすれば一気にくいついてくると思う。ちょっと悲しいが、このような街が結果的にすべての人が環境を守れる街になると思う。
自分はその街で環境を守ることを人々が根底から、人々が心からいつか環境を守り出すことを信じて、教育機関などで環境について教える人になって環境に携わりたいと思う。
そうなるには環境に関心がある人だけがエコ活動するだけの街にしてはいけない。すべての人が必然的に環境保護をしなければならなかったり、思わずしてしまうシステムなどがあればいい。例えば家を建てる時から建築業者が太陽電池付きの家にしなければならないなどの強制的方法の導入されたシステムに加えて、環境に関心がある人には、例えば分別回収に協力していたら重さに応じてお金を支給するとか、そんなシステムの整った街が良いとと思う。そして、街の代表者は市や区などの単位でほかにどんなことができるかを話し合ったりすればもっといいと思う。そうすればさらに良くなると思う。
なぜお金を絡めるかというと、人間はやはり欲の生き物だから、環境を守ることでお金が支給されるようなシステムにすれば一気にくいついてくると思う。ちょっと悲しいが、このような街が結果的にすべての人が環境を守れる街になると思う。
自分はその街で環境を守ることを人々が根底から、人々が心からいつか環境を守り出すことを信じて、教育機関などで環境について教える人になって環境に携わりたいと思う。
Posted by 0614007 at 2008年01月25日 11:49
私が想像する「エコヴィレッジ」は、ビデオにあったような電気から食べ物までほとんどすべて自給自足の生活で、住民全員が協力し合い明るく楽しく生活できるところです。私は少し化学物質に過敏なところがあるからだと思いますが、現在生活の中で便利だからといって化学合成されたものがいろいろ使われており、体内に絶えず入り込み蓄積されている。「エコヴィレッジ」では、自給自足で保存料や防腐剤が使われておらず、食べ物に関しても安心できると思います。私が最もよいと思ったことは、住民が協力し合いみんなで生きているところです。現在の日本では隣に住んでいる人が誰かわからないということが多いと思う。地域の人々とふれあい、学ぶことで人の心も豊かになると思う。
私はその「エコヴィレッジ」で、育てた作物など交換し合い、地域の人と触れ合いながら社会について学び、自分の好きなことを仕事としたいと思う。現在の日本では便利を追求し過ぎてできないと思うが、自分の身にかかわることだと自覚し、生活を改善することで、理想に少しでも近づけると思う。
私はその「エコヴィレッジ」で、育てた作物など交換し合い、地域の人と触れ合いながら社会について学び、自分の好きなことを仕事としたいと思う。現在の日本では便利を追求し過ぎてできないと思うが、自分の身にかかわることだと自覚し、生活を改善することで、理想に少しでも近づけると思う。
Posted by 0614001 at 2008年01月25日 11:50
僕の考える「エコビレッジ」「エコシティ」はまさにオーロヴィルのような姿です。自給自足や循環型社会を重視しながら、原始的なやり方だけでなく、太陽電池、風車、発酵によるガスの利用など、今まで使ってきた道具を循環型社会に組み込みながら利用できるのがよい所だと思いました。
また、すべての人が自分の役割を持てることも大切だと思います。そのためには、エコビレッジの規模はある程度小さなものでないといけないと思いました。
僕がもしオーロヴィルのような町に住むとしたら、今までに学んできた知識を生かして、循環型社会を目指した技術者になりたいです。そして、のんびりとした暮らしがしたいです。
また、すべての人が自分の役割を持てることも大切だと思います。そのためには、エコビレッジの規模はある程度小さなものでないといけないと思いました。
僕がもしオーロヴィルのような町に住むとしたら、今までに学んできた知識を生かして、循環型社会を目指した技術者になりたいです。そして、のんびりとした暮らしがしたいです。
Posted by 0614014 at 2008年01月25日 11:57
エコビレッジが実現できれば理想です。環境に良いという理由以外に、自給自足ができるので食料自給率の問題も解決するし、自然に従って生きていくことになるので体にも良いと思う。また、ご近所さんとのふれあいの機会も増えると思う。
しかし、現代の日本でこれを実現させることは難しい。この生活をするには毎日の時間を生きることに費やさなければならなくなる。つまり、遊ぶ時間が減る。このことに不満がある人は大勢いると思う。科学技術の発展によりわがままで、面倒くさがりになっている人が多いので実現は難しそうである。
ただ、簡単なことからはじめていけば良さに気づき、エコビレッジの考え方が浸透していくかもしれない。
しかし、現代の日本でこれを実現させることは難しい。この生活をするには毎日の時間を生きることに費やさなければならなくなる。つまり、遊ぶ時間が減る。このことに不満がある人は大勢いると思う。科学技術の発展によりわがままで、面倒くさがりになっている人が多いので実現は難しそうである。
ただ、簡単なことからはじめていけば良さに気づき、エコビレッジの考え方が浸透していくかもしれない。
Posted by 0614038 at 2008年01月25日 12:18
エコビレッジ、エコシティは極端な意味ではなかなかできないと思うが、自分達の生活スタイルはできるだけそのままで、地域単位で交流などを深めていくことにより、ゴミの分別や物の交換などを行えるような状態ならエコビレッジ、エコシティに近づけると思う。できるだけ小規模で自分たちのある程度の状況が把握できるというのも必要だと考える。そうしていくことで意識自体も高まっていくと思うし、自分の行動の役割なども認識できるだろう。現在の日本などではこのようなことは困難だと思うが、環境について考えて生活していくことはできるので、そうしてエコビレッジ、エコシティに少しでも近づいていくことを目標にしたい。
Posted by 0611029 at 2008年01月25日 12:25
私は今までエコビレッジなんて言葉は全く知らなかったが、今回の講義でオーロヴィルのビデオを見てすごく興味をひかれた。しかし、自分には到底できないことだと思いました。この現代の大量生産大量消費の中で生きていて、いきなりエコビレッジで生活をしろと言われても無理だと思う。でも、規模は小さくとも各個人ができるようなことはいくらでもあると思います。このように少しずつ自然と調和していければいいんではないかと思いました。
Posted by 0611018 at 2008年01月25日 12:49
エコビレッジとは環境負荷の少ない設備やシステムを持っていてそれがきちんと機能しているところが本当のエコビレッジなんだろうが、それは限りなく科学技術とかけ離れた生活であって現実的にその生活へ返ることは無理だろう。いま必要なエコビレッジの要素をあげるなら、環境への意識を個人がもっているということだと思う。ごみを減らす、水を無駄に流さない、エネルギーを節約するなど、日常生活の中でみんながすこしでも環境に負荷をかけまいと意識し動けば、環境破壊だと言われている現代の生活とは大きく異なったものになるような気がする。
Posted by 0613048 at 2008年01月25日 12:55
私が想像する「エコビレッジ」は、人々が支えあい、助けあって生活する自給自足の暮らしです。実際に実現できるかというととても難しいし、大変なこともたくさんあると思うけれど、充実した日々が送れるのではないかと思います。生きることを重視すれば、食べることの大切さや、人との関わりの大切さ、自然の偉大さなど、人として生きていくうえでなくてはならないものを知ることができるし、自分を大切にしてまわりも大切にする暮らし、そしてなにより環境にやさしい、環境と調和した暮らしができると思います。
私はその「エコビレッジ」で生きることを大切にして、努力をして、まわりの人たちと協力しあって毎日を大切に過ごしたいです。実際には本当に難しいと思うけれど、こんな風に考える人が集まって「エコビレッジ」ができて、広がっていけばと思います。
私はその「エコビレッジ」で生きることを大切にして、努力をして、まわりの人たちと協力しあって毎日を大切に過ごしたいです。実際には本当に難しいと思うけれど、こんな風に考える人が集まって「エコビレッジ」ができて、広がっていけばと思います。
Posted by 0612018 at 2008年01月25日 13:04
私の思うエコシティは、今ある環境に対する技術を利用したものである。環境負荷の小さいものづくりや、発電方法など様々な方法が挙げられる。
もちろん、生活水準を落としたり、自給自足することはエコシティという意味では理想的な形であると思うが、現状で実現していくことは不可能に近い。
どちらかというと、個人の心がけに近いものがあり、ここまで環境問題が取り上げられている今の社会ですら感心すら示さないものがいる中で、残念ながら多くの人が自ら取り組むとは思えない。ましてや、法で強制したり、報酬で釣ったりするのは根本的な解決になるとは思えない。
だからこそ、エコシティという意味で、今まで培ってきた技術によるエコに対する基盤を作ることがまず必要であると思うし、その中で住む人も意識も変わるかもしれない。
もちろん、生活水準を落としたり、自給自足することはエコシティという意味では理想的な形であると思うが、現状で実現していくことは不可能に近い。
どちらかというと、個人の心がけに近いものがあり、ここまで環境問題が取り上げられている今の社会ですら感心すら示さないものがいる中で、残念ながら多くの人が自ら取り組むとは思えない。ましてや、法で強制したり、報酬で釣ったりするのは根本的な解決になるとは思えない。
だからこそ、エコシティという意味で、今まで培ってきた技術によるエコに対する基盤を作ることがまず必要であると思うし、その中で住む人も意識も変わるかもしれない。
Posted by 0613033 at 2008年01月25日 13:06
僕の考える「エコビレッジ」「エコシティ」は環境にやさしい生活のような姿です。
今や日々の生活に欠くことのできない自動車や電化製品。その一方で、大量のごみが捨てられ、また水や空気も汚染されています。そこで、エコシティの重視していることは環境にやさしいことであると思います。例えば、水の場合は洗濯の時まとめて洗って、時間も水も大切で、自身の場合は自分の良さが出る服を大事に着る。愛着の一着など。
やはりエコシティというと、一人だけではなく、みんなが参加
しないと意味がないんである。
今や日々の生活に欠くことのできない自動車や電化製品。その一方で、大量のごみが捨てられ、また水や空気も汚染されています。そこで、エコシティの重視していることは環境にやさしいことであると思います。例えば、水の場合は洗濯の時まとめて洗って、時間も水も大切で、自身の場合は自分の良さが出る服を大事に着る。愛着の一着など。
やはりエコシティというと、一人だけではなく、みんなが参加
しないと意味がないんである。
Posted by 0613022 at 2008年01月25日 13:32
私の考える「エコビッレジ」「エコシティ」は、地球の自然と一緒に暮らすような世界です。この世界で大事なのは、いつも自然の恵みに感謝して、自然が私たちに与えてくれたものの分を自然にお返しすることです。本当の意味で自然と共存することが大事だと考えます。今、私たちは自然から本当にたくさんのものをもらっていると思います。でも私たちは自然に対してあまり配慮しないで、恵みを貰っているのにもかかわらず、自然環境とは切り離した世界に住んでいます。山の中の宿泊施設などもすぐそばに自然はありますが、1歩建物の中に入れば、電気やガスが通っていて都会にいるのと同じように快適に過ごすことができます。そこには人間がしてきた「開発」の結果が見られると思います。「エコビレッジ」や「エコシティ」では開発なんて言葉もなく、電気やガスもなく、元から自然にあるものしか使えないと私は考えます。
そのエコビレッジで何ができるかと言われると、私は何もできないと思う。今まで快適で自然と切り離されたような場所でずっと生活してきたのに、いきなり自然と共同生活をしようとしても、知恵も忍耐もない私がそんな場所で暮らすことは無理だと思う。
そのエコビレッジで何ができるかと言われると、私は何もできないと思う。今まで快適で自然と切り離されたような場所でずっと生活してきたのに、いきなり自然と共同生活をしようとしても、知恵も忍耐もない私がそんな場所で暮らすことは無理だと思う。
Posted by 0614024 at 2008年01月25日 14:16
エコビレッジの生活スタイルとして考える姿は、生活する人々が環境に対して少しでも負担の少ない生活を心がけていることだと思います。だからと言って原始的に戻すのではなく、現在発展した科学を生かしながら環境に負担をかけないように考えていくことが大切だと思います。世界のみんなが少しずつ何か1つでも心がけたら変わると思います。『便利に!便利に!』と考えることを『少し地球に優しく!』に変えていくべきだと思う。
Posted by 0613034 at 2008年01月25日 14:31
私が考えるエコビレッジとは都市全体が一つのまとまっている組織になるようなものです。誰もが環境に関しての課題を持ち自分が動くという意識を持って、都市全体が一丸となって取り組む。そのような流れのるものです。スーパーでも包装しのなさが目立ち、ゴミが詰まれている風景の見られない都市です。その中で私は何ができるか。一市民として都市の取り組みに積極的に参加したいし、その輪を広げたいです。やはりその雰囲気が大切だと思うからです。都市で動くとゆうのはその意味でかなりの効果を生むと思います。
Posted by 0741026 at 2008年01月25日 14:37
わたしが考えるエコビレッジの姿は、日本でいう江戸時代です。江戸時代はエコな時代といわれていて、簡単にいうと捨てるものがなかったと言うことです。資源を循環させて食べ物を作ったり物をつくったり、持続可能なライフスタイルが行われていました。現代の日本は科学技術が発達し、経済が発展することによって、より豊かな生活を実現することに成功しましたが、その反面で江戸時代のような循環型の環境というものを忘れてしまっている気がします。私たちの生活を完全な江戸時代に戻す事は不可能ですが、それに沿った生活、意識を持つことは出来ると思うので、一人一人がそれらを行うことが、私たちにとって必要なことだと思います。
Posted by 0613045 at 2008年01月25日 14:41
私が想像するエコビレッジは自然とともに生き、時間を気にせず、人と人との関係が軽薄でない姿です。使用するエネルギーは人間が体を動かすときに生まれるエネルギーを主なものとします。機械など、人間が動かなくても操作すれば動いてくれる、いわゆる人間の暮らしを楽にしてきたものを使わない生活です。つまり昔の生活です。
生活水準はだいぶ変わってくると思いますが、現在のように環境破壊になると知りつつも同じことを繰り返す、または、できる限り環境への負荷を軽減することを研究するよりも確実に負荷は軽くなると思います。
そして、強制的にその生活をさせるのではなく、オーロヴィルのように好んでその生活をしたい人がすればいいということが重要です。
そこで私ができることは、四季という大きな時間の流れ
と人々との関わりを大切にすることです。同じ志を持った人が集まっているのだから協力できないはずがありません。この中でこそ乗り越えられる問題も達成できることもあると思います。
生活水準はだいぶ変わってくると思いますが、現在のように環境破壊になると知りつつも同じことを繰り返す、または、できる限り環境への負荷を軽減することを研究するよりも確実に負荷は軽くなると思います。
そして、強制的にその生活をさせるのではなく、オーロヴィルのように好んでその生活をしたい人がすればいいということが重要です。
そこで私ができることは、四季という大きな時間の流れ
と人々との関わりを大切にすることです。同じ志を持った人が集まっているのだから協力できないはずがありません。この中でこそ乗り越えられる問題も達成できることもあると思います。
Posted by 0614027 at 2008年01月25日 14:45
わたしのエコビレッジはすべてが自給自足の生活です。現代社会のような、ものにあふれた生活にはもう疲れました。現代社会の諸問題の根源はここにあると思うのです。毎日をただひたすらに生きるために、食物をそだて畑を耕す・・・今忘れかけている人と人との触れ合い、支えあい助け合いがここ、わたしの考えるエコビレッジにはあるのです。つまりエコビレッジとは地球環境にやさしくそして人にやさしくみんなの笑顔が財産になるところなのです。夢物語かもしれませんが、いつの日かこのような日本いや世界になればいいですね。
Posted by 0635010 at 2008年01月25日 14:54
私の考えるエコビレッジとは、環境にやさしい生活をする農場を中心とした自給自足の生活です。この考え方は大切だと思うし、この生活が掘りまれ場、今の地球の環境を悪くする人間中心の生活から抜けて、地球といったいとなった生活を送ることができると思います。
しかし、今の日本で、このような生活ができるとは思いません。簡単に、今の生活をかえることのできる人間はいませんし、大変なことだと思います。
まず、このような蔵sいをするならば、基盤づくりが大切だと思いますし、このような暮らしに完璧になろうとはしなくても、まず、このような考え方、このような暮らしがあるということを広め、できるところから自分に無理をせずやっていくことが必要だと思います。
しかし、今の日本で、このような生活ができるとは思いません。簡単に、今の生活をかえることのできる人間はいませんし、大変なことだと思います。
まず、このような蔵sいをするならば、基盤づくりが大切だと思いますし、このような暮らしに完璧になろうとはしなくても、まず、このような考え方、このような暮らしがあるということを広め、できるところから自分に無理をせずやっていくことが必要だと思います。
Posted by 0612035 at 2008年01月25日 14:57
私はエコビレッジ・エコシティとは、自然に反することなくその場所に住む人が環境に配慮した暮らしをすることではないかと考えていた。環境に配慮をした暮らしでも、そこに住む人たちにとって、ストレスがたまったりする社会はエコビレッジ・エコシティとはいえないのではないかと思う。そのためにも住民は住民同士良い人付き合いをすることがや仕組みを作ることが大切で、そのことによりまとまりもでて住民にとっても環境にとってもよい暮らしができるのではないかと思う。
Posted by 0612033 at 2008年01月25日 15:12
私が想像するはエコシティとは、環境破壊につながる物を取り除き、自然と一体化して生活している人々が暮らす街のことでした。以前からテレビの放送などでその暮らし方を見て、地球環境のことを無理に考えるのではなく、自然と環境に優しい生活を過ごしている、すばらしい生活をしているんだなと感じていました。しかしその反面、私たちには無理な生活だと決めつけていました。
今回この環境学原論の講義でオーロヴィルの街の様子を見ましたが、私が今まで知っていたエコシティとは少し別の物でした。住民1人1人が無理な生活など送らず、好きな仕事に就き、充実した生活を送っていると思います。また、住民全員が環境に対する意識を自然に強く持っているので、みんなが1つにまとまり、一致団結しているところがまた、街の温かさを感じ取れました。
もし私がエコビレッジで生活できるのなら、周りの人々と協調して、自分にできる精一杯のことをしたいです。はじめは上手くできないかもしれません。しかし、まず1人1人がこのようにしようとする意識を持つことが大切だと思います。
今回この環境学原論の講義でオーロヴィルの街の様子を見ましたが、私が今まで知っていたエコシティとは少し別の物でした。住民1人1人が無理な生活など送らず、好きな仕事に就き、充実した生活を送っていると思います。また、住民全員が環境に対する意識を自然に強く持っているので、みんなが1つにまとまり、一致団結しているところがまた、街の温かさを感じ取れました。
もし私がエコビレッジで生活できるのなら、周りの人々と協調して、自分にできる精一杯のことをしたいです。はじめは上手くできないかもしれません。しかし、まず1人1人がこのようにしようとする意識を持つことが大切だと思います。
Posted by 0722033 at 2008年01月25日 15:13
私は、昔ながらの生活を見直すことがエコビレッジの生活スタイルだと考えます。講義で見たような太陽光発電やらはお金がかかったり、新しい何かをつくたっりとするのは大変なので、新しい物は取り入れず、昔ながらを大切にするのがエコだと思います。回覧板をまわしたり、公民館で宴会をしたり、地域の交流を昔のようにすることで、地域がひとつになり、そこからエコビレッジを作り出していくことが最善だと思います。そして環境についての情報を地域全体で共有し、一人一人の意識が変わり始め、少しずつではありますが、全員がエコな生活をしだすことが大事だと思います。
Posted by 0612001 at 2008年01月25日 15:13
エコビレッジ、シティと聞いて思いつくイメージは2つある。
一つ目は田舎の農村のイメージだ。俗世から離れ、都市の時間軸にとらわれることなくのんびりと自然に体をゆだね生活する。なるべく自給自足で循環できるようにして他に頼ることなく生活する様子は勇ましく強いものだと思う。
もうひとつは都市の中に強制的、もしくは狂乱的に挿入された農業が成り立つ都市。普通に考えれば都市と農村は相反するもので共存は難しいが何年も前から思想は展開されてきた。(実現し、かつ成功した例はほとんど無い)
エコシティで求められるのは自給規則のできる都市というのが大きいと思う。
都市で起こる消費とともに同じ大地で生産が行われ±0に近づく環境は理想とされる“小さな都市”につながるものだと思う。
もし仮に2つ目のイメージのエコシティが成立していて生活するならどのようなことをしなくてはならないか。まずいままで以上に環境に目をむけ無駄な消費をおさえごみの分別など地道なことを継続的に行い、効率よく都市が回るようにしなくてはならないと思う。
ただでさえ破綻しそうな都市に農業がからんでいるならば相当努力して生活する人がエコに徹さないと壊れてしまうだろう。このギャップが実現を困難にさせる一番のきっかけでやるならばさせられない問題だと思う。
一つ目は田舎の農村のイメージだ。俗世から離れ、都市の時間軸にとらわれることなくのんびりと自然に体をゆだね生活する。なるべく自給自足で循環できるようにして他に頼ることなく生活する様子は勇ましく強いものだと思う。
もうひとつは都市の中に強制的、もしくは狂乱的に挿入された農業が成り立つ都市。普通に考えれば都市と農村は相反するもので共存は難しいが何年も前から思想は展開されてきた。(実現し、かつ成功した例はほとんど無い)
エコシティで求められるのは自給規則のできる都市というのが大きいと思う。
都市で起こる消費とともに同じ大地で生産が行われ±0に近づく環境は理想とされる“小さな都市”につながるものだと思う。
もし仮に2つ目のイメージのエコシティが成立していて生活するならどのようなことをしなくてはならないか。まずいままで以上に環境に目をむけ無駄な消費をおさえごみの分別など地道なことを継続的に行い、効率よく都市が回るようにしなくてはならないと思う。
ただでさえ破綻しそうな都市に農業がからんでいるならば相当努力して生活する人がエコに徹さないと壊れてしまうだろう。このギャップが実現を困難にさせる一番のきっかけでやるならばさせられない問題だと思う。
Posted by 0613015 at 2008年01月25日 15:14
オーロヴィルにあるような共同昼食場でさまざまな民族がお互いを尊重しつつ、情報交換・交流を自由にはかれる場の創設には非常に同感したい。僕が想像するエコビレッジでは、住民が自分のやりたいことを仲間と切磋琢磨しながら成し遂げ、食事を自然に囲まれながらゆっくりと楽しみ、自然の中でだれもが悩みや主張を打ち明けられる活気と、人と人との強い結びつきに満ちた村である。そこでは僕はお金や周囲の期待などをまったく気にせず、自分が今やりたいことは何かをじっくりと考えてみたい。環境に負荷をかけない生活というよりは、自然のそばで生活することがしたい。
Posted by 0612007 at 2008年01月25日 15:15
ビデオを見た上でエコビレッジとはどんなものかを考えてみたとき、私は以前他の授業のレポートで使うために、祖父から聞いた高度成長期以前の生活を思い出した。祖父の住んでいる地域は農業が盛んで、その時代食物の長期保存や輸送はできなかったので商店で売っているものはほとんどが近くで採れたものであったそうだ。水は湧き水、井戸水をつかい、人の糞尿まで肥として農業に役立てていたそうだ。これはひとつの循環型社会の形であり、この生活には無駄というものがない。自然との共生は戦前から人々の生活に根付いていたものであるのにも関わらず、それを変えてしまったのは現代人なのだということを再認識した。
話はそれてしまったが私の考えるエコビレッジとはオーロヴィルのような自然と科学技術の共存、そして高度経済成長まで「当たり前」とされてきた、地域で子供を見守れる社会である。子供に限らずその土地に住む市民が互いに自主性を尊重しあい、助け合うことのできるところであればいいと思った。もちろん理想だけでなく、苦しいことも多くあるだろうが、わたしはそこで、その土地のものを食べ、その土地の人と暮らしたいと思った。
話はそれてしまったが私の考えるエコビレッジとはオーロヴィルのような自然と科学技術の共存、そして高度経済成長まで「当たり前」とされてきた、地域で子供を見守れる社会である。子供に限らずその土地に住む市民が互いに自主性を尊重しあい、助け合うことのできるところであればいいと思った。もちろん理想だけでなく、苦しいことも多くあるだろうが、わたしはそこで、その土地のものを食べ、その土地の人と暮らしたいと思った。
Posted by 0635001 at 2008年01月25日 15:15
今回ビデオでエコビレッジというものは完全に理解の範囲を超えていてとても驚きました。オーロヴィルには精神を超えた何かがあると感じました。
わたしが考えるエコビレッジというのは、すべての人々が自分たちが自然の一部だという意識を統一して持っているような場所だと思います。このような意識が共有されていれば、どんなところでもエコシティやエコビレッジになることができる気がします。
このようなところで自分が具体的に何をできるかはよくわかりませんが、人やものに流されず主体的にものごとに取り組んでいくことが必要不可欠だと思います。主体的に取り組むことにってコミニケーションが活発になり精神的に豊かな生活が送れるようにり、環境へ配慮した暮らしをする心の余裕が生まれるのだと思います。
わたしが考えるエコビレッジというのは、すべての人々が自分たちが自然の一部だという意識を統一して持っているような場所だと思います。このような意識が共有されていれば、どんなところでもエコシティやエコビレッジになることができる気がします。
このようなところで自分が具体的に何をできるかはよくわかりませんが、人やものに流されず主体的にものごとに取り組んでいくことが必要不可欠だと思います。主体的に取り組むことにってコミニケーションが活発になり精神的に豊かな生活が送れるようにり、環境へ配慮した暮らしをする心の余裕が生まれるのだと思います。
Posted by 0612011 at 2008年01月25日 15:16
私が考えるエコビレッジとは、自給自足や循環といった考えが生き、実践されている生活です。
今の社会は食べものがどのように育ち、どのように消費されていくか、エネルギーがどのように供給され、どのように使われているか、ゴミがどのように処理、または再利用されているか、ということが見えにくくなっていると思います。それらを知り、さらに自分達で生み出していくことができれば、地球や環境に対する見方が変わると考えます。また、自給自足の生活を送ることで、周囲の人や自然との関わりも増え、より良いコミュニティが生まれると思います。
今の日本でオーロヴィルのような生活を送るのは不可能に近いかもしれないが、その実現に向けひとつひとつを積み上げていくことが重要だと考えます。
今の社会は食べものがどのように育ち、どのように消費されていくか、エネルギーがどのように供給され、どのように使われているか、ゴミがどのように処理、または再利用されているか、ということが見えにくくなっていると思います。それらを知り、さらに自分達で生み出していくことができれば、地球や環境に対する見方が変わると考えます。また、自給自足の生活を送ることで、周囲の人や自然との関わりも増え、より良いコミュニティが生まれると思います。
今の日本でオーロヴィルのような生活を送るのは不可能に近いかもしれないが、その実現に向けひとつひとつを積み上げていくことが重要だと考えます。
Posted by 0612036 at 2008年01月25日 15:16
私の祖父・祖母は宮崎県の山奥の農村に暮らしている。その村は下水道も通ってないし、スーパーやコンビニも存在しない。そういう点だけ取り上げると、とても住みやすい環境とは言い難い場所だが、そこの暮らしは、ほとんどが自給自足で、ゴミもあまり出ず、村民が一体となり、豊かな自然に囲まれたとてもエコロジーな場所なのである。毎年1回遊びに行っているが、この村こそまさしく「エコビレッジ」の名に相応しいと私は思っている。仮にこの村に住むのなら、私はただ周りと同じように自給自足生活をすることとなるだろう。これによりゴミの出にくい、環境に優しい生活をすることができるだろう。
Posted by 0612005 at 2008年01月25日 15:17
エコビレッジと聞いて、パッと頭に浮かんだのが、ドラえもんの世界であった。ドラえもんは空想の世界であるが、人間の理想と現実を描いたストーリーであると思う。ドラえもんの道具の中に、“エコビレッジが創れる道具”というのがあるとしたら、どんな世界ができるのか、考えてみようと思う。
まず、エコビレッジを作る場所は、都会から離れた山付近の空き地にする。そして、さまざまな植物の種をまいて、緑あふれる空間にする。ベースはこれで完成。その後、家などを作る。家は、木でつくり、コンクリートは使わない。生活するための食料は、自ら畑をつくり自給自足の生活をする。もちろん調理をするときは、電気は使わずに風を利用し風力発電でエネルギーをつくる・・想像してみるとどんどん色んな考えが浮かんでくる。しかし、これはあくまでも私の中の理想像であり、実際にできるかと言われると。。というかんじである。
まず、エコビレッジを作る場所は、都会から離れた山付近の空き地にする。そして、さまざまな植物の種をまいて、緑あふれる空間にする。ベースはこれで完成。その後、家などを作る。家は、木でつくり、コンクリートは使わない。生活するための食料は、自ら畑をつくり自給自足の生活をする。もちろん調理をするときは、電気は使わずに風を利用し風力発電でエネルギーをつくる・・想像してみるとどんどん色んな考えが浮かんでくる。しかし、これはあくまでも私の中の理想像であり、実際にできるかと言われると。。というかんじである。
Posted by 0312031 at 2008年01月25日 15:20
私が想像する「エコシティ」の姿は、今回の講義で見たオーロビルそのものです。
すべての動力源が環境を害さず、有害物質を排出しないもので、生活に欠かせない電気は自然の力によってつくり、それを地域の人みんなで分け合い、水も自分で再利用する設備を各自で持ち、食べ物もほとんどが自給自足であるような地域が、私の想像する「エコシティ」です。
得に重視することは、住民一人一人の環境問題に対する意識です。住民全員が地球環境に対して能動的な姿勢であれば、「エコシティ」がなくなることはないし、少しでも環境問題の解決に繋がると思うからです。
しかし今回の講義を受けてオーロビルでの暮らしは決して楽なものではなく、とても厳しいものだということがよく分かりました。そのような環境のなかで私にできることは地球環境に対してもっと高い関心をもち、それを少しずつでも行動に移していくことだと思いました。そうすれば、オーロビルのような「エコシティ」はもっと増えていくと思うからです。
すべての動力源が環境を害さず、有害物質を排出しないもので、生活に欠かせない電気は自然の力によってつくり、それを地域の人みんなで分け合い、水も自分で再利用する設備を各自で持ち、食べ物もほとんどが自給自足であるような地域が、私の想像する「エコシティ」です。
得に重視することは、住民一人一人の環境問題に対する意識です。住民全員が地球環境に対して能動的な姿勢であれば、「エコシティ」がなくなることはないし、少しでも環境問題の解決に繋がると思うからです。
しかし今回の講義を受けてオーロビルでの暮らしは決して楽なものではなく、とても厳しいものだということがよく分かりました。そのような環境のなかで私にできることは地球環境に対してもっと高い関心をもち、それを少しずつでも行動に移していくことだと思いました。そうすれば、オーロビルのような「エコシティ」はもっと増えていくと思うからです。
Posted by 0721025 at 2008年01月25日 15:20
ビデオでのエコビレッジほどの生活をすることは非常に難しいと思う。私が考えるエコビレッジは、「経済的に成長することが正しい」という価値観が通用しない社会である。
今まではそのために環境を犠牲にして成長を続けてきたものも、資源などの問題のために限界が見えてきている。これからは、例を挙げるならばドイツのような、国の政策として環境を考えるだけでなく、一人一人の国民が熱心に取り組み、経済成長だけでなく環境・共存という指標にも価値を見出せる町が望ましいと思う。
そのような町の中ならば、移動手段や買い物のときの袋などに自然に気を使えるようになると思う。
今まではそのために環境を犠牲にして成長を続けてきたものも、資源などの問題のために限界が見えてきている。これからは、例を挙げるならばドイツのような、国の政策として環境を考えるだけでなく、一人一人の国民が熱心に取り組み、経済成長だけでなく環境・共存という指標にも価値を見出せる町が望ましいと思う。
そのような町の中ならば、移動手段や買い物のときの袋などに自然に気を使えるようになると思う。
Posted by 0612034 at 2008年01月25日 15:21
学籍番号間違えました!!!
Posted by 0612031 at 2008年01月25日 15:21
ビデオで見たエコビレッジは現代に生きる僕たちの世代にはかなり難しく実現はほぼ不可能だろう。現代の日本の農家の家庭でも農業をしながら副業に違う仕事をしたり、サラリーマンをしながら、副業として農業をしている人達がいる。そんな中で僕たちが完全な自給自足をする事