★1126「公害の資本主義過程」に関する書き込みはこちら

今日の 『チッソ・水俣工場技術者たちの告白』 を見て考えなさい。

あなたがもしも当時のチッソに勤めている技術者のひとりだったとして、水俣病の原因について気付いたとしたら、どのように動きましたか?

あなたのその動きによってどのように状況が変わったと想像しますか?


★BBS書込期限は11月30日(金)19時とします。
★なお、今回から書き込み時に「氏名」は書かなくても良いとします。ので、「学籍番号」は間違えないように必ず書き込んでください。



タグ :公害水俣病


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この記事へのコメント
原因に気付いたらまず「この問題をどうにかしないと!」と、正義感がうずくでしょうね。これまでの流れから言って社長は聞く耳を持ってくれないだろうから、外部に告発する方向で動くと思います。職場仲間に話を持ちかけ、意見を聞き、共に動いてくれそうであれば実際どうするか計画を立てます。
でもこれは理想であって、本当に当事者になると自分や大勢の社員の生活のことを考え、会社が潰れる方向に持って行くことを避けるでしょう。
もし理想を実行したなら、世間に公害問題の事実が知れ渡り工場は莫大な責任を負うことになることは間違いないでしょう。ただこれをきっかけに、“早いうちに”法制度や企業倫理の改善がなされるだろうから、代償は大きいけれど意義のある結果を残すことができるはず。
Posted by 0314047 at 2007年11月26日 20:05
私がもし当時チッソに勤めている技術者だったら、上司に訴えたりして漁民を守るために動けただろうか。今なら頭の中ではこうしたらいい、ああしたらいい、とキレイごとを考えることができるが、実際にそこで働いていているものだったら、何も動けないような気がする。しかし、そういってしまうと面白くないので、自分に何ができるか考えてみようと思う。まず、私は水俣病の原因に気付いたら、周りの人にそこからどう動くべきか相談しただろう。そして、おそらく匿名で行政に訴えると思う。匿名で訴えることで自分の立場も守れるし、水俣病の広がりも少しは防げるだろう。
最初にも書いたが、口ではどうとでも言える。実際そういう状況に巻き込まれたとき、しっかり動ける、そんな人間になりたい。
Posted by 0613028 鈴木寛史 at 2007年11月26日 22:14
私がもしも当時のチッソに勤めている技術者のひとりだったとしたら、どうしただろうか?
技術者として判明した事実を公表したいと思うだろう。当時、大企業での内部告発がどれほどの影響力があったのかはしらないが。科学的根拠を示し、なんとかみんなに伝えようとするだろう。私一人だけの問題ですむのならそうしたい。
しかし、私が夫であり親であったとしたら、養うべき家族がいたら、話は変わってくる。チッソに不利な発言をすれば会社をクビになるかもしれない。そんな危険因子を他の会社は技術者として雇ってはくれないだろう。仕事が無くなれば家族を養うことは出来ない。私は技術者としての責任より扶養者としての責任を果たすために、事実を隠し、知らぬ顔をして会社のために働くだろう。
自分勝手かもしれないが、身知らずの人間100人の命よりも、自分にとって大切な数人の命の方が私には重い。
Posted by 0611006 井上太樹 at 2007年11月27日 01:02
危険を認識したのであれば直ちに報告をすべきであると思う。一技術者の訴えを会社の重役が重要な問題であると捉え、迅速な対応を取ったなら被害の拡大を食い止められただろう。しかし会社の利益を考えると重役は問題の揉み消しを図るはずだ。単に一人の技術者が社内で訴えても何も変化は起こらないと思う。外部に告発をして知らせない限り問題は消されてしまうだろう。分かっていても行動を起こすまでに至らないような気がする。会社を敵に回す度胸はないが、告発できなければ自身を攻め続けることになるだろう。悔いは残したくない。駄目元で告発して会社を解雇されればその程度の縁の会社だったと割り切るくらいの覚悟がなければ告発なんかできないと思った。自分を犠牲にしてでも行動を起こす価値のある問題だと思う。
Posted by 0541078 at 2007年11月27日 09:22
もし私ならば、技術者の仲間(同僚)に相談し、何人かのグループでその問題に取り組むのではないかと考える。やはり、一人では困難なことでも、複数集まれば、可能になることはあると思う。自分たちで調査を進め、上司を説得できるくらいの条件を整え、直属の上司に理解を得られるように努める。上司を巻き込み、企業のトップを納得させるよう少しずつ仲間を増やしていくのではないかと思う。
 その動きによって、企業の中で水俣病の原因について考える者が増え、会社全体の意識が少しずつ変化し、企業のトップまでも動かすようになったと思う。そう簡単にはいかないかもしれないが、そうなればよいと考える。
Posted by 0541079 at 2007年11月27日 10:35
もし私が当時のチッソに勤めていて水俣病の原因に気付いたとしたらまず念入りにしっかりとした調査をした上でみんなはどう考えているか聞き廻ります。そして同じ事を思った同士で内部告発をします。内部告発によりチッソゎ閉鎖する恐れがあるでしょう。それにより自分の家庭が壊れる恐れもあり非常に決断しにくい事です。きっとそう簡単に告発はできません。しかし周りの人々が苦しんでる時にのうのうと過ごせません。そのままにしていてもいずれは明確になることなのです。それならばより早く告発しより早く改善し市民のこれからのサポートと共に同じ事が二度と起こらぬよう公害問題を重視した取り組みをする工場になるよう働きをかけます。
Posted by 0614034 at 2007年11月27日 13:29
私が提示されたような立場にあったとする。原因に気づきながら、気づかないふりをするようなことは人としての倫理に反するという意識は持ち合わせてはいるが、何かするとは考えにくい。おそらく技術者として勤務していたのであれば、それなりの給与を得て生計を立てているにちがいないし、もしかすると家族もいるかもしれない。私の性別は女であるが、私の家族は私の給与で生活しているかもしれない。自分の家族や大切な人が水俣病に苦しんでいるのであれば話は別かもしれないが、大切な人と自分の生活に多大な被害をもたらすであろう問題の直面化は避けるに違いない。何か行動するとすれば、退職して別の地(水俣病の被害が及ばないであろう場所)に移り住むということだろうか。
そのような動きで状況は悪くなることはあっても、よくならないと予測できる。しかし私以外の技術者も退職するようなことが続けばチッソは成立しなくなるのではないか。新たな水俣病の患者の発生は減少するかもしれないが、原因が解明していないので治療や責任の追及も難しくなると予測する。
Posted by 0541071 at 2007年11月27日 13:46
 もし、私が当時のチッソの技術者だったら・・・すぐに事実を確認して上司に報告し、これ以上被害を拡大しないように考え付く限りの対策を取り、例え工場長に反対されても屈することなく、最後まで自分の意思を曲げないだろう。と、言いたいが、これは私の理想であって、もし現実に自分の勤めている会社でこのような事件が起こったら、事実を認めない上司と対立してまで最後まで自分の意思を貫き通すのは恐らく無理だと思う。やはり、まず最初に自分の立場が危なくなることを考えてしまう。もしクビになれば即、明日からの生活にも困るし、子供や夫がいればなおさらである。シルクウッドのように仲間からも孤立してしまう可能性だってある。彼女のように最後まで戦える人もいるだろうが、私はそこまでする度胸はない。二度とこのような事件がおきないように技術者として見守ることしかできない。
Posted by 0541070 at 2007年11月27日 13:54
「カッコよく会社に立ち向かう。」が、やはり理想的な倫理観ある人間に思えてなりません。しかしながら、やはり理想であって現実が見えていないと言わざるを得ないでしょう。もし、家族が水俣病にかかってしまったのなら、冷静さを欠いて一心不乱に会社の非を暴きたてるかも知れませんが…。そうでないなら、私は先ず逃げる事を考えるでしょう。最初に家族を実家にでも逃がし、次に友人達に警告をします。自分にとって大切な者を守る為に。それができたなら、会社の人間達に警告をして会社を辞めます。それからは物的証拠を得る為の実験をしつつ患者、漁業者、病院、役所などにチッソの排水が原因だと噂を広めて周ります。勿論匿名で。そしてデモの流れが出来てきたら、後は流れに任せて水俣から逃げ出すでしょう。
きっと私なら何もしないでは居られないが、社会正義よりも自分が好きなものの方が大切なので、エゴと倫理的理想を最大限エゴよりで摺り合わせた中間をとります。
Posted by 0614010 at 2007年11月27日 15:19
私が当時チッソに勤めている技術者のひとりだったら、理想としては仲間と原因を追究し上司なり上の立場の人に報告、これ以上被害が拡大しないうちに何らかの対策を行うよう行動を起こしたい。しかし、これはあくまで理想であり、実際にチッソに勤めていたのなら行動は起こせないと思う。もし行動を起こしたとき、周りの仲間が一緒になって行動を起こしてくれなければ、会社は簡単にクビにするだろうし、そうなっては自分が生活していけないため。
だから、いくら会社に報告し行動を起こそうと思っていても、結局は何も行動を起こすことができず、せいぜい排水が原因であるといううわさを広めることぐらいしかできないと思う。そのうわさが会社にもみ消される前に、社会に広まり、1日も早く原因の究明、対策がなされる事を待つか、その場から逃げ出すことしかできない。
Posted by 0434016 at 2007年11月27日 16:02
私が工場技術職だとしても告発しようとしないだろう。私はきっとそこから給与をもらい、家族を養うあるいは自らの生計を立てているだろう。そこに住まう人々の健康を害するという側面からでは私のしていることは倫理的配慮にあるまじきことであるとは思う。しかし、そのためにどのくらいの労力をし、家族にどれだけの負担がかかるかを考える。そうしたら私はきっと告発しないように思うのだ。
耐え切れなくなったらその場所から逃げると思うし、大切な人たちを連れて影響のない場所に行こうとするように感じる。長い間自分が口を閉ざしたことにより無くなってしまう命のことをもちろん考え、自責の念にさいなまれる日々が続くかもしれない。しかし、チッソが人々の生活に根付き、多くの人々の生活がかかっていることを考えればその思いは大きくなると思う。正義感や使命感のない人間であるとは思う。だけど、何かを起こすということはすべてを返るということはとても難しいことである。だから、この場で告発できるという人間に私はなりたい。
Posted by 0541066 at 2007年11月27日 16:19
もし私が当時のチッソの技術者としたならば、報告・告発は絶対にしていないと思います。被害に遭っている人たち、あるいはこれから被害に遭うかもしれない人たちのために上司や責任者に報告、告発して一刻も早く事態を改善しなくてはいけないだろう。でもこれはただの理想であって、現実にはできない。
自分の家族、大切な人が水俣病で苦しんでいるならなんとかする。けれども苦しんでいる人が家族、大切な人以外なら何もできない。チッソから給料をもらって、そのお金で家族は生活している。そこで給料がもらえなくなった時に自分の家族、大切な人はどうする?
私は大勢の知りもしない人たちよりも、大切なものを守りたい
そうしているうちに病は広がり、真実が世間に気づかれた時には家族と共に、水俣市とは無関係の場所に逃げるだろう。
Posted by 0721048 at 2007年11月27日 17:53
もしも私が当時のチッソに勤めていたら。今現在、想像する上で“世間に訴える”と一言言ってしまうことはあまりにも簡単なことですが、実際にその状況におかれていた場合おそらく無理だと思います。しかも、それが出来るのも今の私が過去の水俣病という無残な結果を知っていて、その先に起こりうる悲劇をはっきり認知しているからこそ言えることなのです。
はっきりとわからない状態のまま(いくら自分の勤めている工場の影響で被害が出ていると漠然とわかっていても)、自分ひとりで動くのは難しく、影響力も対してないと思います。
そのときの年齢・家族構成・状況にもよりますが、あくまで自分はその工場に勤める一社員であり、訴えた先に待つものが会社の存続に関わるものであれば、軽々しく訴えるのはやはり難しいものであると思う。
薄情な様だがこういった問題は、現代にも当てはまる、正義感と現実との戦いなのである。
Posted by 0613032 at 2007年11月27日 18:22
自分の立場を守ること、自分の家族の生活を守ること、私はそれをまず第一に考える。今の時代であれば内部告発をしても保護されるが、経済成長期の『作ってなんぼ』の時代に『工場を止めろ』なんてまさか言えない。
ビデオに登場した工場関係者が質問に答えられなかった場面があった。『難しい質問ですね。聞く方は簡単でしょうが。』は私の心に重く響いた。
今の時代だから簡単に言える。環境を守るということは、昔にはとても難しかったのだと思う。
私がチッソ工場の技術者であっても残念ながら何もできず何も変えられなかったと思う。
Posted by 0614008 at 2007年11月27日 20:04
私が当時のチッソに勤めている技術者だったとしても、そして水俣病の原因について気付いたとしても何も出来ず、何も変わらなかったと思う。
水俣病の被害の拡大を防げる立場にあっても、それを行えばチッソという会社の存続が難しいものになり、それによって自分自身の生活が苦しく、もしくは不可能となってしまうという状況の中で、私がそれを行うとはとても思えない。
理想は一刻も早く事実を公表し少しでも被害を減らすよう行動することなのでしょうが、私にはそれを行う勇気は無く、自分のことだけを考えて何も出来ずにいたでしょう。
Posted by 0614042 at 2007年11月27日 20:38
自分自身がチッソの技術者であるなら、おそらく内部告発はしないと思う。自分が大きな会社に影響を与えられるなんてことはその時点で考えることはできないことだとおもう。また、生活を維持していくための職業を捨ててまで内部告発する勇気もない。ただ、自分の内部での葛藤というのは生まれると思う。そういったなかで、自分から内部告発をするということはないが、周りの人がそのような動きを見せ始めたらおそらく便乗すると思う。そのことによって失業に追い込まれたとしても、一人ではないということでなにかしら頼るものがあるように思う。また、社会がそのことによって動くのであればまだ許せるのかなと思う。
Posted by 0613010 at 2007年11月27日 20:51
私がもし当時チッソで働く従業員だったら、水俣病の原因になっているのが自分の会社であると知ったときどうするだろうか。たぶん面と向かって会社と闘う勇気はなかっただろう。もし自分に守るべき家族がいたならなおさらだ。人間誰だって自分の身が大切だし、今の職や安定した生活を失う覚悟のある人なんてなかなかいない。けれど、このまま何も知らないふりをして、奇病に苦しむ地域の人々に気付かないふりをして生きていくこともできない。自分や家族の身は守りたいけど、人としてできることはしたい。だから私は匿名で政府やマスメディアに内部告発する道を選ぶ。そうすることで、個人一人の力ではどうもできなくても、政府など国規模で動けば病気のまん延に至った原因、経緯などがより早くつきとめられたはずだ。また、より早く奇病に対する対処法が考えられ、これ以上の被害の拡大を防げたはずだ。そして何より、知らないふりをし、多くの人を見殺しにしたという一生の後悔と自己嫌悪の念にとらわれず生きていける。どんな状況であれ、人間の心を忘れずにいたいと私は思う。
Posted by 0741011 at 2007年11月27日 22:53
私がもし当時チッソで働く従業員だったら、水俣病の原因になっているのが自分の会社であると知ったときどうするだろうか。たぶん面と向かって会社と闘う勇気はなかっただろう。もし自分に守るべき家族がいたならなおさらだ。人間誰だって自分の身が大切だし、今の職や安定した生活を失う覚悟のある人なんてなかなかいない。けれど、このまま何も知らないふりをして、奇病に苦しむ地域の人々に気付かないふりをして生きていくこともできない。自分や家族の身は守りたいけど、人としてできることはしたい。だから私は匿名で政府やマスメディアに内部告発する道を選ぶ。そうすることで、個人一人の力ではどうもできなくても、政府など国規模で動けば病気のまん延に至った原因、経緯などがより早くつきとめられたはずだ。また、より早く奇病に対する対処法が考えられ、これ以上の被害の拡大を防げたはずだ。そして何より、知らないふりをし、多くの人を見殺しにしたという一生の後悔と自己嫌悪の念にとらわれず生きていける。どんな状況であれ、人間の心を忘れずにいたいと私は思う。
Posted by 0741011 at 2007年11月27日 22:53
私がもし当時のチッソで働く技術者のひとりだったら、仮に公害の実態に気づいたとして堂々と告発すると断言はできません。他の意見にもあるように、自分の保身を考えてしまうと思います。自分や家族の人生を左右するほどのリスクを冒してまで良心に従った行動がとれるかどうか、情けないけれど自信がないです。もしもの話なのできれいごとを言おうと思えばいくらでも言えるけれど、現実的に当時の技術者たちの状況を考えると、何か劇的なきっかけでもない限り内部告発はかなり難しかったんじゃないかと思います。
Posted by 0733006 at 2007年11月27日 23:17
もし私が当時のチッソで働く技術者で、水俣病の原因が自分たちだと、わかったとしても世間には公表できなかったと思う。「公表しなければいけない。」と、心の中ではきっと考えると思う。自分たちの働く現場のせいで、多くの人たちが苦しんでいるのだから。けれど実際にその働く現場の立場になったら、その事実は認めたくないと思う。そのことが世間に公表されれば自分たちは仕事がなくなってしまうかもしれない。生活ができなくなるのが怖いと思う。だから私の力で状況を変えることはできなかったと思う。しかし実際に苦しんでいる人たちがたくさんいたのだから、当時のチッソで働き、原因が自分たちの職場だとわかった人は本当につらかったと思う。
Posted by 0722040 at 2007年11月28日 01:02
私がその場で働く技術者だとして、水俣病の原因を作ってしまったのが自分たちだと分かってしまったら、きっと問題の大きさに耐えられないと思う。一刻も早く世間に公表し、水俣病に苦しむ大勢の人々のために全力を尽くすべきであろうが、頭のなかでは分かっていても自身の後の立場や、世間の目を考えるとその事実から逃げ出してしまうのではないかと思う。
人の命や、人の人生をめちゃくちゃにしてしまったことは、自分たちの非を認めて背負うには重過ぎる。
しかし、本当はすぐにでも他の技術者と相談し、会社や自身の保身をなげうってでも被害を最小限にするため、公表でもなんでも良いから行動を起こすべきで、早急に事実を認め何らかの対処をすることで水俣病によって悲しい想いをする人が一人でも少なくなっていただろう。
Posted by 0613021  国松明代 at 2007年11月28日 02:12
もし自分が当時のチッソに勤めている技術者の一人だったら、もっと会社の現状を調べていき、上司に訴えていきたいと思うだろう。また、これはこの授業の1,2回目に見た「シルクウッド」という映画の主人公のような立場にだいたい似ていると思う。この主人公のようにさまざまな葛藤があり、問題があるかもしれないが、それを乗越えていき多くの人に訴えていきたい。
しかし、実際は仕事をやめさせられたりしてしまうのでは、と考えてしまい行動にうつせることができないと思う。そこで、卑怯かもしれないが、自分の名を出さずにメディアを利用して訴えていければ、会社側も周りの批判で、対策を必死に考えるのではないのかと思いました。
Posted by 0722068 at 2007年11月28日 02:43
■近藤です。うーん。ひと言だけ。「保身」「家族を守るために」とみな書いていますが、家族は給料を持ち帰って、職があることだけを望んでいると思いますか?そんな家族ですか?ビデオでも「罪人となった自分を許して欲しい」という言葉がありました。
Posted by kondojikondoji at 2007年11月28日 08:31
私は工場の責任だと思っている。公害が知っているくせにまだ停止しない、無視の態度で作業つづける、これは全然責任を持っていないと考えている。もし私は技術者としたらまず補償金を要求する。会社のせいで水俣病になってこれから仕事できないから補償金がもっとも必要である。また、上司と相談していく。もし無視されたっら行政に起訴する。絶対不道徳の行為を続けさせない
Posted by 0735022 at 2007年11月28日 09:25
ビデオを見て自分は、絶対にこの不道徳を許してはいけない、内部告発をしたい、そう思った。初めて水俣病による痙攣の症状のひどさを知り、目を向けられなかった。医師の介抱もむなしく死んでいく人々を見たくなかった。
でも、本当に私がチッソの技術者だったとしたら、まず自分の研究、開発によって引き起こされた汚染に気づいた時絶望すると思う。そして、恐怖におびえることだろうと思う。「自分は罪びとではない」ということを主張するために、私も工場長と同じことをしているかもしれない。そして、外部の調査機関に対して自分たちの無実を訴えようとしていると思う。何かほかに原因がある、そしてそれに責任を負わせたい一心で、働き続けると思う。

技術者というものは会社を発展させるための技術を開発するというのが当時の位置づけであって、周りの環境に配慮しつつという考えはなかったと思うし、内部告発が認められていない時代にそれを振り払って告発する勇気は自分にはないと思う。

でも、そうやって従業員や工場長までもがそう思ったために、公害が食い止められなかったのが事実であると思った。
Posted by 0614046 at 2007年11月28日 10:57
もしも自分が技術者の一人だったならば、自責の念に混乱すると思います。一人で動くにしては問題が大きすぎるし、間違っているかもしれないので、一緒に考えてくれ、かつ信頼できる仲間に相談します。そして自分の考えが本当に正しいのかを仲間と熟考します。正しいとわかってしまったら、家族にも話します。ほぼ同時に、無駄かもしれないという考えよりも、当然の行いとして上司に報告します。工場が続行して、すぐに働きを止めない場合は、マスコミに行きます。
Posted by 0614017 at 2007年11月28日 11:14
「わたしは会社の人間ですから」
という言葉が気になりました。だから…公害を無視してよかったのか、それは間違っていると思います。けれど自分が当時のチッソの技術者だったら同じようなことをしていたと思います。なぜなら、今の会社や自分の状況が崩れるのが怖いからだと思います。問題に正面から向き合おうとせず逃げてしまうでしょう。自分のことしか考えてないし本当に最悪だとはわかっていますが、実際に同じ立場に置かれたらそうしてしまいそうな気がします。
でも、何年か経って冷静に問題を考えられるようになったなら被害者・水俣の環境へのつぐないに積極的に取り組むでしょう。補償金だけでなく、ボランティア活動ももっとすべきだと思います。
Posted by 0614023 at 2007年11月28日 11:22
もし私がチッソの技術者の一人であり、水俣病の原因に気づいたならば、直ちにこの事実を公表し、結果的に有機水銀の発生過程を停止できるように働きかけただろうと思う。自分の研究技術に自身がもてていたならば、問題が明らかになった時点で、なぜこの公害病が生じてしまったのかをよく考えなければならない。たしかに、自分たちの工場が潰れたり、職をなくすのは怖い。しかし、当時のチッソの技術者たちは、なぜ自分たちの工場に投げかけられた疑いに対し、反対意見による自己防衛しかできなかったのだろうか、水俣病患者の症状を見て、一人でも患者を増やさないように努力できなかったのかが理解できないし、許せないところだと思う。
公害の恐ろしさに気づき、工場内でひとりでも多くの人が食い止めの努力をしていたならば、公害の規模を縮小できていたのかもしれない。
Posted by 0614041 at 2007年11月28日 11:26
私がチッソの技術者だったとしたら内部告発をすると思う。仕事を失い職場の皆に恨まれるかもしれないが、人の命には代えられないと思う。もし内部告発をしなければ一生悔いが残ると思うし、誰かがしなければならないことなら自分がして一刻でも早く水俣病の被害を防ぎたい。間違ったことをしている、していないの問題以前に公害は大量殺人であることを世間が理解する必要があると思う。それで非難されたらされたで自分の技術を活かせるもっとよい職を見つけて立派になって見返してやればよいと思う。海外に行けばもっといろんな職があるし。
他人のために告発する以上に私は自分の生き方に後悔したくないので技術者としてのけじめをつけるためにも絶対内部告発すると思う。周りの状況がどう変わるかは分からないけれど私の意見に賛同してくれる人と公害をくい止めていけたらと思う。そして少しずつでもいいので理解者を増やしていけたらいいと思う。
Posted by 0614055 at 2007年11月28日 11:29
もし自分が当時のチッソに勤めている技術者の一人だったとしたら告発をしていたと思います。
いくら一人の技術者が社内で訴えても意見は聞き入れられないと思うので、メディアを利用し匿名での内部告発をすると思います。
メディアに取り上げられる事で徹底的な調査が行われ、全貌が世間に報道されると同時に、会社が閉鎖されるのはまず間違いないでしょうが、それによって水俣病の拡大を食い止める事が出来ると思います。
Posted by 0614036 at 2007年11月28日 11:34
原因に気づいていたら自分の所属している班のリーダーに報告すると思います。
しかし、状況は変わらなかったと思います。報告しても、上に届かないようもみ消されてしまっていたか、隠蔽されてしまっていたかのどちらかだと思うからです。
私もまた、事実を見送った一人として生きていることになっていたでしょう。

社会に飲み込まれて生きている私たちは、過ちを正そうとしても、偉い人や自分より位が上の人に勝てない仕組みになっています。実に歯がゆく、無力な自分に嫌気がさします。
ある映画の台詞でこんなことを言っています。
「正しいことをしたければ、偉くなれ。」この言葉はシンプルだけれども、とても実行しがたいものだと思いました。
Posted by 0614040 at 2007年11月28日 11:42
私はおそらく何もできない。原因に気づいたのがまだ新入社員の頃であれば、世間に事実を公表した為に会社をやめさせられたとしても、また違う職を探せばよいが、ある程度年齢がいくと再就職は難しい。そういったことを考えると、会社の方針には逆らえない。だから、会社に報告した際に会社側が目を瞑ると判断を下したのであれば、それに黙って従うであろう。会社という大きな流れに逆らうには膨大なエネルギーが必要である。それだけのエネルギーが私にあるとは思えない。私はおそらく何も行動を起こすことができず、月日が経ち被害が甚大になった後で、一人後悔することとなるであろう。だから、状況は今と何も変わらず、多くの被害者が出るという結果になるであろう。
Posted by 0614035 at 2007年11月28日 11:44
水俣病になる原因は工場である。だから工場は莫大な責任を負うべきだと思っている。もし私は技術者としたら、またたくさんの人に水俣病にならないように上司と報告する。水俣病は人々の健康および命に関わるひどい病気だから速くふくまらないように消滅はずだ。もし上司が全然聞かなかった、行政に起訴する。
実は今水俣病だけではなく公害問題の原因でたくさんの難病が出ている。もし工場の責任者は真面目に環境を考えていたら、公害問題が生じられないかもしれない
Posted by 0635017 at 2007年11月28日 11:48
もし私が実際にチッソに働いている技術者だったら、責任を感じながらものすごく悩み何もできない気がする。その理由はその時代が環境についてあまり考慮できていないということもあるし、やはりお金のこと、生活のことを考えてしまうからだ。
しかし、本当は告発しなければならない。しかも、ちゃんと水俣病について調べ上げなければ世間にも水俣病がどれほどのものなのか伝わらないし、会社にもなぜだめなのか理解してもらえないと思う。
Posted by 0614050 at 2007年11月28日 11:51
 もし私が当時のチッソの技術者だったら。 技術者や従業員の多くが賛同して抗議でもできたなら、そこに加わり異議を唱えていただろう。しかし、当時はこのような行動を起こした人はいなかった。なぜか。それはやはり、身を守るためだったと思う。 近藤先生は「職があることだけを家族は望んでいると思いますか?」と問いかけている。こたえはNO。家族が罪びととなることを望む人などいない。だが、個人もしくは少人数で会社に立ち向かっていけば当然たたかれ同僚からも冷たい扱いを受けることになる。道徳心から、告発すべきとは考える。しかし戦争時の、異端を許さなかった社会を生きぬいた日本人で、この状況に耐えられる人はいなかったのではないだろうか。 私は現在の、内部告発をしても許される時代に生きていても告発するのが怖いと思う。この時代に生きていたら、何もできず心の中で葛藤しながら、ただ早く解決されることを待つか、自らの責任に耐えられず逃げ出していたかもしれない。
 
Posted by 0614018 at 2007年11月28日 11:53
私がもし、チッソの技術者だったとしても、告発はできなかったと思う。
上司に報告はするが、自分の力で会社全体を動かすことまではしないだろう。ひとりではどうにもならないことが簡単に予測できるからだ。しかし、私自身はこの工場のせいで多くの人々が病気になってしまい、亡くなるひとも少なくなかったことを、自分の責任として強く感じ、これ以上はこの工場で、この会社で仕事はできないと会社を辞めてしまうと思う。事実を知りつつも働き続けるという人もいると思うが、この工場で働き続ける限りはいつも頭のどこかでこのことを考えてしまい、自分を責め続けることになる。
現実から逃げ出すようだが、当時の高度経済成長の風潮にさからうような、自分の会社を批判するようなそんな勇気は私にはない。
ここで、声を上げなかったら病気がさらに拡大する可能性もおおいにあるが、一技術者という弱い立場ではできることが限られていただろう。
Posted by 0614056 at 2007年11月28日 11:54
私がもしも当時のチッソに勤めている技術者のひとりだったとして、公害の実態を知ったとしても、私はその事実に怯えるだけで実際に行動を移す事ができないだろう。上司に訴えるべきか迷いつつ、訴えることで会社からどのような扱いを受けるのか?会社に自分「が潰されるのではないか?とこれからの自分の立場を大事にしすぎて、頭の中で「どうにかしなければ」と考えつつも、実際には何もできないでいるだろう。更に、自分がその問題に関わってしまったという事実に怯え、耐え切れずにおかしくなるかもしれない。自分一人では何も動く事ができないだろう。人間そんなに強い人間ばかりでないと思う。
しかし、そのまま放置していい問題ではないと思う。い。一人で無理なことでも、何人か集まれば行動に移せるかもしれない。家族や仲間に相談し、仲間と共にその問題の調査を念入りに行い、確かな事実と根拠を知る事で、初めて上司に報告などの行動に移すことができるだろう。そこから変わっていく事を願う。何か支えがなくては動くことができないだろう。
Posted by 0614025 at 2007年11月28日 11:57
自分ならやはり世間に公表する手段をとるだろう。でもそれは正義よるものではなく、自分がやっていることへの恐怖心と罪悪感からだと思う。
もし自分たちの職場が原因で周辺住民があんなふうになっているといわれたら、最初は疑心暗鬼で調査し始めるだろう。だが原因に気がついたとしても、会社から圧力をかけられたら、すぐには世間に公表できないだろう。だが、真っ先に自分の家族や知人には警告を出して、何とか害が及ばないようにするだろう。そして自分のみの振り方における安全を得てから公表するであろう。なんとも自分本位な行動であることか。
 だがそんな行動でも公害対策のための一歩にはなると思う。それが後には改善につながるだろう。いや、つなげたいと思う。でなければ、自分は知らぬ不利をして平気に生きていけるほど強くも無いので、罪悪感に押しつぶされるだろう。
Posted by 0614030 at 2007年11月28日 11:58
私がもしも当時のチッソ技術者の一人で水俣病の原因に気づいたら、何度もそうでないようにならないか考えに考え、自分は正しいはずだとまず信じようとすると思う。それでも原因がチッソの排水なら、①設計を改善してこれ以上多くの人を苦しめないようにしなければならない、②間違いを認めてしまうことへの恐怖、の二つにに悩むと思う。①に徹すると会社との関係、一緒に設計した仲間との関係、これからの世間の目、これに苦しむだろうと思う。②でも同じ。
そしてきっと私は悩んで悩んだ結果当時のチッソの技術者のように自ら非を認めず、会社の利益の為に、非を認めた後のことを考えてしまい、熊本大学のような意見に耳を貸さないだろうと思う。
今の時代で環境問題に敏感だとまた違うかもしれないが、その当時の技術者だと、そうしていたと思う。
わたしのそんな動きによって、さらに被害を拡大させてしまうと思う。
 
Posted by 0614039 at 2007年11月28日 12:00
私がもしも、当時のチッソに勤めている技術者だったとしたら、私は一人で行動する勇気もないし、気も弱いので、内に秘めたまま静かに過ごすと思います。確かに、内部告発すべきだと思うけれど、そうすることによって、職を失ってしまい、自分の生活、もしくは家族の生活が危うくなると予想されるならば、やはり自分や家族の生活を優先し、告発せず、気付いていない振りをすると思います。そして、世間で問題となった時に、「あの時言っていればよかった」と、一人で後悔することになったと思います。
Posted by 0741025 at 2007年11月28日 12:01
もし私が水俣病の原因について誰よりも早く気づいたとしても、上司に報告することが正しいと思っていながらもなかなか行動に移せないだろうと思う。まず本当に原因が我々にあるのかを疑い、仲間の技術者と共同で何回も事実かどうかを追求する。そして本当に我々に責任があることが揺るぎのない事実だと判ればすぐに上司に報告に行くだろう。多くの被害者も出ていて世の中が混乱しているなか、原因がわかっていながらもすぐには行動できないのが現状なのではないかと思う。相当のプレッシャーがかかってくるだろう。そして一回行動をおこしてしまえば加速度的に原因の究明と解決に進んでいくのではないかと思う。それも技術者としての責任だと思う。
Posted by 0614057 at 2007年11月28日 12:01
もし水俣病の原因がメチル水銀だと気付いたとしたら、僕はまず同僚にこの事実を報告します。
みんなで結束してから上の者(この場合社長)に報告し、改善するようにお願いすると思います。
ただ現実的に考えても、利益優先の会社がこの問題に対して真に取り組んでくれるとは思わないので、そうなった場合は内部告発をするしかないと思います。
内部告発をすれば、会社内での自分の立場は危ういものになるかもしれないが、見ず知らない人達を苦しめるぐらいなら、会社をクビになってでも内部告発した方がましだと思いました。
Posted by 0613046 at 2007年11月28日 12:48
まず、工場の工場長に知らせる。しかし、街に発生した奇病が自分たちの工場が原因だと認めたくないだろうし、技術者のほうが位が低いので、調査した結果を知らせても話を聞いてくれないだろうと思う。そこで、自分や自分の身の回りの人に、魚や貝等のに関係する食べ物を食べないようにと知らせると思う。そうすることで、身の回りの人だけだが助けることができるのと、工場の同僚などに噂が広がっていく。自分一人が病気の原因を知っていても何もできないが、多くの人が協力してくれると、調査した結果を工場は長受け入れてくれると思う。
Posted by 0722058 at 2007年11月28日 14:33
もし自分がチッソの工場の技術者であり、原因を特定できたとしたら、まずは同僚に話してみると思う。
当時の状況から考えて、同僚はあまり信じてくれないと思うし、自分自身あまり信じたくないという想いもあると思う。そしてそれを確実なものにするために、もう一度二度と調査・実験をすると思う。
そうして回り道をした後にようやく上司に報告しに行くと思う。ここで上司がこちらの仮説を認めてくれればそれでよいが、認められなかった場合はまたしばらく思い悩むと思う。
仮に家庭を持っていたとして、最終的に最も気に病むのは家族のことだと思う。社会・倫理的に言えば告発するのが正しいとされるであろう。が、それに伴って職を失うとすれば、自分の家族はどうなるのであろうか。そのことを考えるだけで、なかなか踏み込めなくなると思う。
そういうことも含め、おそらく自分は同僚に相談し、上司に報告し、家族に相談して、同意が得られれば告発するのだと思う。家族のことを考えて二の足を踏んでいれば、いずれ自分の家族も水俣病に侵されてしまう危険性だってあるからだ。
Posted by 0612034 西出尚史 at 2007年11月28日 14:35
もし私が当時のチッソに勤める技術者で、水俣病の原因について気づいていたとしたら、被害が拡大するのを抑えるためにも、原因を発表して解決策を早急に出すために国や大学などに調査を依頼していると思う。会社から黙って仕事をしていたらいいという事を言われると思うが、被害が拡大して地域住民に健康被害や河川などの汚染が深刻になったら、賠償や環境回復に多大なお金が必要となって、企業が悪いと認めたほうが金銭的にもよいし、信頼回復もさほど時間はかからないと思うことを主張する。それでも変わらなければ、自分が会社から出て行ってでも言わなければならないと思う。それが、製造者の責任であると思う。
Posted by 0614001 at 2007年11月28日 14:42
 私が技術者の一人だとして、原因が自分の会社にあると気づいたら、周りのみんなにありのままを伝えたいと思う。今はある程度楽に考えることができるけれど、実際のことを想像すると、勇気がなくてとても言えそうにない。まして、あの時代なら告発をするのはとんでもないことだと考えられていたのではないだろうか。
 ビデオで見た技術者の中には、隠蔽といわれるようなことをしていても、あの時はそれが正しかったと思う、という人がいた。やはり、自分の立場が大事だったのだろう。けれど、一生後悔するのはその人たち自身である。会社から離れて、一人の人間となったときに気づくと思う。間違ったことは間違っていると発言できるような社会が成り立つべきだ。何らかの動きをすれば、絶対に状況は変わると考える。
Posted by 0614021 at 2007年11月28日 14:43
僕がもしも当時のチッソの技術者の一人だとして、水俣病の原因に気づいたとしたら、まず同僚、次に上司に報告し、詳しく検査を行い、この事実を世間に公表するように会社に訴えかけると思う。でなければ数多くの人が水俣病に苦しみ、中には死者も出てしまう。それに排水を海などに流すことはそのまま地球を汚してしまうということである。こんなことは許されるはずがない。おそらく会社に反抗することで解雇されることは目に見えているが、できるだけ多くの仲間を集め、会社のためではなく、人々のためになる正しい選択をしたと思う。その行動が早ければ被害も少なくて済み、同じ業種の企業も公害問題に意識が働き、公害病に苦しむ人々も減ったのではないかと思う。
目先のことだけ考えていては、その先にある莫大な損害に気づかないことがある。何が大事で何が正しいのか、常に考えることが大事である。
Posted by 0612010 at 2007年11月28日 15:05
 私がチッソの技術者だったとして、まずは本当にその病気がチッソによるものかどうか確かめる。そして流出しているメチル水銀が本当にチッソからのものだと知ったらまずは上司に報告し、判断を仰ぐ。しかしその上で隠蔽を支持されれば、従ってしまったかも知れない。
 内部告発をするには勇気と覚悟が必要だと思う。それは私が企業にいながら企業に楯突く、いわば排除されるべき癌細胞になることを意味するからである。私がその立場に立たされたとして、とても耐えられるとは思えない。
 しかしその場合、私は真実を公表せず保身に走ったことを一生後悔しながら生きていくしかない。告発による代償は私一人の会社における人生だが、隠蔽における代償はその何千倍もの人々、その一生のすべてなのである。
 現在はもはや告発者はそう重い社会的制裁を受けることは少ない、と思う。世間の目がやわらかくなったことは確かだ。このようにして、これからも間違っていると感じたら即指摘できるような社会になるように、私たちが働きかけていくことが重要だと思う。
Posted by 0614029 at 2007年11月28日 15:24
私なら卑怯かもしれませんが、同僚や家族、友人には言えても、工場には言えないと思います。
なぜなら、もし内部告発を今日のように匿名であれ出来るとしても、職を失うと思うからです。
職を失えば生活出来なくなります。それはとても不安な事だと思います。
告発するとするなら、違う職につき、遠い土地に行ってから匿名で告発するでしょう。

このことによって工場は閉鎖されるかもしれませんし、膨大なお金を国や被害者に渡さなければならなくなるでしょう。
しかしまだ工場に力が残っているならばヘドロの回収など、少しでも海を綺麗に戻す活動をしたり、工場が存続していけるなら原因を究明し、環境への負担を減らす、または無くす様努力すべきと、状況が変わってくれれば良いなと考えました。
Posted by 0614060 at 2007年11月28日 15:51
そのような立場に置かれた時、自分の身近な人にも水俣病が発生する可能性もあり、発言・公表することにより何かを守れるとなると行動を起こすと思う。そうしなければ後になり必ず後悔することになるだろう。しかし、現在でさえ会社は隠蔽することを続けているのに昔にいたっては、もし会社に言ったとしても解雇されるかなどされ会社は公表することはないだろう。
なのでまず会社の同僚たちに言い、倫理的に考えこの事態を防ごうとする人を見つけ話し合い、マスコミなどを使いこの事実を発表すれば原因は究明され、会社も自分たちを解雇しにくく解雇されたとしてもその他の人々からは非難はされないと思う。
Posted by 0611022 at 2007年11月28日 16:10
僕がチッソの技術者として水俣病の原因に気付いていたとしたら、まずは自分の研究結果や原因として考えられることを上司や責任者に報告します。
だが、VTRのように工場長が会社の責任を認めずそのことを隠し隠蔽しようとするなら、さらに上の上司に報告をします。それでもだめなら、メディアなどの力を借り、内部告発として発表をして多くの人たちに現状などを報告したいと思います。本当に会社のことを思い、これ以上被害をだせば企業への被害も大きくなりますし、愛する人や親しい人たちに被害がいくとなれば全力で対策をしなければなりません。
 公害などといったものは症状もひどく被害を受けた人々の人生を台無しにしてしまいます。現在でも公害だけではなく薬害などという問題がおきており企業側がその事実の隠蔽に努力をし被害者への対策を怠っている、僕はそれではダメだと思います。だから、企業は情報を隠さず公開し被害者の人達に早急の対策を行うのが理想だと思います。また、被害者も団結し国や企業に訴えをしていくことが重要だと思いました。
Posted by 0721044 at 2007年11月28日 16:11
もし私がチッソに勤めていて、水俣病の原因について気付いたとしたら、その場ですぐには公にすることはないだろう。気付いてすぐに抗議、勝利、そして社会的に認められる。という流れが最も理想的だが、現実ではそのように簡単にいくはずがない。すぐに抗議したならばクビにされるなど、様々な妨害が予想され、生活出来なくなるのは目に見えている。よって私は少し時間をあけてから抗議するだろう。その時間を使って、会社の調査や信頼できる仲間を集め、抗議した時に確実に勝つための準備をする。そして時期が来たら抗議を行う。
それによって会社が潰れ、職を失うかもしれないが、たくさんの人を助けることが出来たのだから、行動したことを後悔することはないだろう。
Posted by 0613045 at 2007年11月28日 16:23
歴史などで学習し、水俣病の怖さを知っている今の私ならもし水俣病の原因に気付いたとしたら一秒でも早く世間に公表し有機水銀の垂れ流しを阻止すべきだと思うだろう。そして会社内で自分に賛同してくれる人を一人でも多く見つけ誰もが納得する証拠を一刻も早く見つけだしたいと思う。そうすれば現在私たちが知っているような水俣病にはならなかっただろう。
しかし、もし私が当時の会社に所属していたとしたら出来ていないかもしれない。会社が潰れてしまったら自分を含めチッソ社員全員の現在の生活が失われてしまう。などを考えると恐らく会社の存続を望み、原因追求を延ばそうとし真実を見ようとしなかったかもしれない。少なくともビデオのように社会的問題になるまでは動き出せないだろう。だから当時事実を隠したことをいけないことだとわかっていても真っ向からは否定は出来ない。とは言えこのような失敗は2度としてはいけない。この経験を生かしていくべきだと思う。
Posted by 0614011 at 2007年11月28日 16:35
もし私が当時のチッソで技術者の一人として働いているときに、水俣病の原因に気づいたとしたらどうするか。自分が仕事をしていることによって多くの生物や人々が苦しんでいると分かったならすぐにでも製造中止に向けて動きたいと思う。そしてどのようにシステムの改善を行えば公害をなくせるのか考えたい。しかしこうしたいと思っていても現実に起こったら簡単に動けないのは想像に難くない。立場が低いなら会社を動かすのは困難だし、立場が上なら社員のことや家族のことも考えなくてはならない。それでも嘘をついたり不祥事を起こす会社に未来はないと思う。そしてもっと大切なことは、社会的な賠償は後でもできるが、失われた命は戻ってこない。それを忘れないようにして問題を速やかに解決するよう行動を起こしたいと思う。
Posted by 0614003 at 2007年11月28日 17:24
私がもしも当時のチッソに勤めている技術者で、水俣病の原因に気づいたとしたら、それを会社に対して報告していたと思います。そして、もしそれが本当に水俣病の原因であることが正しかったとしても、会社はそれを世間には発表しなかったと思います。けれども私は内部告発することはなかったでしょう。そのことによって自分がクビになってしまうという恐怖があるからです。
その代わりに私は有機水銀を出さないように開発を進めると思います。事実を隠蔽するのではなく、それを受け入れて打開策を考えてはどうかと会社に訴えかけるでしょう。そしてもしそれが不可能であるか受け入れられなかったとしたら、私はどうすることもできず、拡大する被害から目を背けて後悔しながらその後の人生を歩んでいくと思います。
Posted by 0614043 at 2007年11月28日 18:12
 今日の講義の内容は、第1回のシルクウッドの事例とよく似ていると思いました。もし現代にこのような公害の問題が起きたら、内部告発という形で問題を世間に知らせ、解決できるかもしれないけれど、当時の社会のシステムでは自分1人の力ではどうにもできなかったと思います。それはビデオにもあったように、地域の人々にとってチッソは必要なものであり、何しろ資本主義経済を押し進める「国」自体が敵となるからです。
 もし僕が当時のチッソの技術者でも、チッソの公害を止めるほどの影響を及ぼすことはできなかったと思うけれど、技術者として人や環境に悪いものを出さない技術をつくることはできたかもしれません。
Posted by 0614014 at 2007年11月28日 19:49
そのときの状況や勇気で行動も変わると思いますが、まずは、上司に「排水をきちんと調べるまで排水をとめるべきだと思います」と言います。しかし、反対されたら、やめさせられてしまうことを考えて、それ以上は言えないと思います。
もし、支えるべき家族もいなくて生活するのに何も考えなくてもいい状況だったら、市町村長や県に「病気と排水の因果関係について調べてほしい」と訴えて、それでも駄目だったら国に訴えていくと思います。被害が大きくなっているにも関らず、国も市町村も何も動いてくれなかった状況の中で、訴えたところで何か変わったとは想像しにくいです。すぐには対策をとらず何年も先延ばしにし、被害がひどくなってからでないと、国は結局うごいてくれないのかなと悲しくなりました。
Posted by 0541077 at 2007年11月28日 20:58
今回のVDを観て、私が一番印象に残ったのは、その工場で働いていた人が現在のインタビューにおいて「400番の猫が水俣病と類似した症状だったのに、発表から外したことについて、間違っていたとは思っていない。」と言ったことだ。現在は、当時の原因は明らかになっている。だからこそ、このVDやインタビューを観るときも現代の目線で観てしまう。けれど、その当時はたかが1匹似た症状の猫がいたくらいでは、変えられない状況、社会だったのではないかと感じた。
なので私はきっと、何もしないでいたように思う。もしかしたら、というだけで行動できないだろう。
Posted by 0613016 加藤静華 at 2007年11月28日 21:29
もし私が当時チッソに勤めていたら、自分の会社に水俣病の原因があると思ったとしても、何もできなかったと思う。絶対的な証拠と確信があれば動くこともできるが、会社の名誉に関わることなので、かなり密な報告をしなければならず、かなり困難だと思われる。
また、会社の信用がなくなると、自分や同僚の職がなくなるということも考えられるし、少なくとも現状より立場は悪くなるだろう。当時はマスコミや情報網も十分発達していたので、地域だけでなく、日本全国から非難されることも予想される。
しかし、何の罪もない近隣住民が被害を受けているのを目の当たりにすると、何か自分にできることはないかと考えると思うが、個人の力ではどうにもならなかったと思う。また、何も出来ない自分に嫌気がさしただろう。しかし、大きな会社を相手にするということはそういうことなのだ。
Posted by 0722035 at 2007年11月28日 22:01
こういうのを自分に当てはめるのはなかなか難しい、と思ってまずは自分の家族が関わっているとして考えてみた。そう考えると、無事であることを最初に考えてしまう。なら、自身がそうだとすれば関係の薄い他人のよりも自身もしくは家族のために問題を隠蔽する方向に行ってしまうと思う。が、そもそも問題が見つかった時点で悪いほうにしかことが運ばないというのは問題だと思う。自身の働きで状況が世間に知れたとしてもどこからか非難を浴びるのは間違いない。当時は仕方ない部分もあるかもしれないが、環境と騒がれる今は事前措置が大切だと思う。
Posted by 0614015 at 2007年11月28日 22:36
 もし私が当時チッソに技術者として働いていたならば、上司には言わずに内部告発を行うと思う。原因を発見したからには、言わなければいけないし、そうしなければ地域の住民に身体的な被害はもちろん、精神的な被害も、コミュニティーの崩壊なども引き起こし続けてしまう。そんなことを引き起こすような排水を流して製品を作ってお金を得るなら、もらわないほうがマシだし、これ以上被害を広めてしまいたくはない。

 そうしていれば、国は公害に対する法の整備を急ぎ出して、公害を食い止めていくきっかけが出来ていたかもしれない。そして私は、会社関係者から恨み続けられる人生を歩むことになったと思う。でもその恨みは、被害者を増やし続けることによる罪悪感に比べたら大分気が楽だ。
Posted by 0722042 at 2007年11月28日 22:54
もし、私が当時の水俣病の原因を知っている技術者であったとしても、多分、何も問題を解決出来なかったと思う。解決しようと行動したとしても当時の様に何も話が進展せず、新潟水俣病の様な新たな被害が出てしまうだろう。当時の技術ではなかなかその原因を公表するのにも証拠が不十分だっただろうし、政府も当時の時代背景にある経済成長が、それを認めてしまうことによって止まってしまうのを恐れて、もしこちらがいくつか有力な証拠を出したとしても認めずに、隠蔽されたりしてしまう可能性が現代より非常に大きかったと思う。被害を広げないために多くの人が運動を起こして解決しようとしても、それで経済成長を進めたい国が簡単に動いて工場の運営をストップさせる事はなかなか無いと思う。被害者を救う為に解決しなければいけないと分かっているけれど、それらの工場がやっていた事によって私たちの暮らしが豊かになった部分があったのも事実。私が自分の納得する様にスパッと答えを出すには難しい問題だと思った。
Posted by 0614052 at 2007年11月28日 23:20
私がもし当時のチッソの技術者であり、水俣病の原因が自社にあると気づいてしまったら、その事実を公表することを優先するだろう。まずはその事実を会社の中で多くの人に伝え、自分と考えが共有できる仲間を探すと思う。大きな組織において、組織の運命を左右するであろう問題、しかも一社員の意見で会社の状況を悪くする意見が尊重されるとは思えないからである。集まったのが少人数であっても、1人で行動するよりも絶対に大きな行動が取れると思う。その行動で自分たちの立場が悪くなったとしても、世間が事実を知ることができれば、会社も動かざるを得なくなるだろう。
想像だからこんなことがいえるのかもしれないが、いつか家族や知人に被害者が出てしまうのではないかという不安と戦いながら、後ろめたい気持ちで働き続けることは私にはできない。
Posted by 0611012 at 2007年11月28日 23:21
もし私がチッソに勤めている技術者ならば、まずは同僚に相談し、そして何度も調査を行った上で内部告発という方向に持っていく。でもこれは単なる理想であって実際には内部告発には中々踏み出せないと思う。
チッソに対してマイナスとなるような発言をすれば会社を即解雇されるだろう。そうなれば明日からの生活に困ることになる。家族を養うことできなくなる。早急に世間に公表し、水俣病の被害を最小限に抑えるということは頭の中で思っているのだが、どうしても家族を養っていくことを最優先に考えてしまう自分がいるような気がする。残念ながら私はシルクウッドのような勇気ある行動は起こせないと思う。
Posted by 0612027 at 2007年11月28日 23:28
もし私が当時のチッソの技術者だとして、水俣病の原因に気付いたら告発することはできなかったと思います。その理由は、この最悪な真実を簡単には信じることができないからです。様々な実験を重ねてきた結果だとしても、実験に何か間違いがあったのではないか、もっと他の実験もすべきではないかと考えて告発には踏み切れません。その結果、被害は拡大し原因が発覚してから、告発しなかった後悔と被害者を増やしてしまった罪悪感に苛まれて生きていくことになると思います。こんな暗い人生を送ることにはなりたくないので、これからの生活の中で会社などの不正が発見したら告発できるような強い心を持ちたいです。
Posted by 0614061 at 2007年11月28日 23:36
私がチッソの技術者で、仮に原因に気づいたとしても出来ることは殆ど無いと思う。 上司に説明しても工場を止める事は出来ないだろうし、家族がいるなら仕事を辞めるわけにもいかない。集団で仕事を辞めたとしても他の人が代わりに入社して話は終わってしまうだろう。
実際に水俣病を止めたのは時代の流れに感じてしまう。何年もかけてやっと人間の命に対する謝罪が始まる。それが現実で、それはきっと私が会社の幹部程度の権力を持っていても一緒だと思う。 結局は失ってはいけないものが増えるということで、だからこそ余計に工場を止めるわけにもいかなくなってしまう。
原因追求だけでなく、改善策まで用意出来てなければ何も出来ないだろう。
Posted by 0612030 at 2007年11月29日 00:22
もし、私が当時のチッソの技術者だったとしても一人では積極的な態度をとれなかったと思います。内部告発すれば、仕事を失うかもしれない、同僚から批判をうけたり、あるいは恨みを買うかもしれない。そして、自分や自分の家族が金銭的な面だけでなく身体または精神的な面で危険な目にあってしまうかもしれない…など、さまざまな危険が頭に浮かぶことが想像できるからです。
しかし、職があることだけを家族が望んでいるわけではないということは私も思います。私が家族だったならば、一人で抱え込まずに相談してほしいと思うし、一緒に支えてがんばりたい
と思うはずです。
だから私はまず、事実に直面したとき、家族や同僚に相談し協力して闘える仲間と共に最終的には会社を告発できるような形に持っていきたいと思います。
Posted by 0741037 at 2007年11月29日 00:27
もし技術者の一員として原因について気づいたら、まず何とかして食い止めようと思うことは当然あると思う。しかし自分の生活、立場、さまざま葛藤が邪魔をすると思う。まず自分一人で行動に移す自信はないであろうと思う。だから家族、同僚に相談をするだろう。そしてまずは同じ意志を持つもの同志が集まることが、このような大きな社会問題に対して立ち向かう時強みにもなると思う。匿名というかたちでもまず住民にたいして情報を流すことが、その後の動きを大きく左右することになると思う。それにより、漁民のあれだけの集団が集まれば、会社が隠し切れなくなるのはもちろん、国が動かざる得なくなり、社会の目が水俣に向けられることが広い関心を生み、早い解決が生まれるのではないかと思う。
Posted by 0613044番 at 2007年11月29日 00:39
仮に原因に気付いたのならば、自分は調査をし確証を得るためには動くだろう。内部告発はどうだろうか。当時の様子から見ても、上に報告したところで自分の立場を悪くするだけだ。
下手をすれば職を失う。そうなれば生活が立ち行かない。
そんなのは御免である。生きるということは利己的で排他的な行動である。きっと「自分が安全に生きていくためには仕方ない」と言い訳をして真実から目をそらすだろう。
そうして真実が顕になった時、後ろ指を差されながら罪悪感に駆られ死んでいくのだと思う。
また当時は内部告発に対する保護制度などが整っておらず、とても告発できる環境にあったとは思えない。
これらの理由から、小心者の自分は自棄を起こすに足る理由(親友が被害者等)でもない限り内部告発はしないだろう。
よって自分が当時チッソの技術者であったとしても、歴史は何らかわらなっただろう。
Posted by 0611013 at 2007年11月29日 00:41
私が研究者だったら、一人の研究者として、まずえらいさんが納得するようなちゃんとしたデータをだして、えらいさんに原因を報告する。
それでその方々に原因はうちですと納得させた上で公表するように説得する。
しかし、組織に属している以上上からの命令には逆らえないし、その影響が身内にくるまで、患者さんには申し訳ないが、会社を敵に回してまで公表をしろと強く言うことはしないと思う。
しかし、身内まで影響がくるとわかったら私は外部に公表する。
そして会社の方々同様謝罪をすると思う。
Posted by 0611008 at 2007年11月29日 01:30
 私がもしチッソの技術者で水俣病の原因について気づいてしまったら、まず会社内部で報告をして、その後に会社の指示に従う。おそらく会社としては外部に自分の会社の排水が水俣病の原因であるということを外部には漏らしたくないだろうから外部に報告をしないように指示するだろう。私はその指示に逆らうことはできない。なぜか。それは職を失うことになるからである。もし外部に報告をしてしまえば、確実に社内での自分の立場が悪くなり、おそらく解雇だろう。それに、自分の立場を悪くしてまで公表しようとする理由がない。
 よって私はたとえ倫理的には間違っているとしても、公表せずに見過ごしてしまうだろう。
Posted by 0611014 at 2007年11月29日 09:47
もし私がチッソの科学者で、水俣病の原因が自社の工場排水によるものだと気付いたら、はじめのうちは上司に訴えたりすると思う。しかしその訴えは却下されたりもみ消されるだろう。そして、その時私は「何を言っても無駄かもしれない。それにこれ以上関わるとクビになるかもしれない。」と思い、当時の科学者のように口を閉ざすだろう。収入源を断たれるというのはいつの時代でも厳しいことだと思うし、ほとんどの人間はやっぱり自分がかわいいものなのだと思う。自分犠牲にしてまで・・・という思いになると思うのだ。そしてあの時代1人で出来ることは少ない。
結局は何も変わらず、今になって後悔している当時の科学者と同じ道筋を辿ると思う。
Posted by 0611004 at 2007年11月29日 11:02
最近企業の内部告発による悲惨な実情が公表されるようなニュースが多い。とくに食品部門における表示偽装は最近の流行のような現実である。なぜ最近内部告発が多いのだろうか。それはメディアの発達によって、電子メールや、電子掲示板のような匿名性の強い主張場が増えてきているからであろう。
もしも今のような世の中において当時のチッソ工場の技術者であったのなら、間違いなく電子掲示板などに訴えかけるような、匿名性の強いツールを使って内部告発のような手段をとると思う。
しかし、今でも問題にあがっているが内部告発者の擁護をできるような仕組みがまだできていない。やはり間違ったことをきちんと主張できるような環境作りが必要だと思う。
Posted by 061030 at 2007年11月29日 11:06
もし僕が、当時のチッソに勤めている技術者の一人だったとしたらどうしただろうか。
いくら一人の技術者が社内で訴えても意見は聞き入れられないと思うし、周りからは変わり者として冷たい目で見られさらには解雇されるかもしれない。そこでメディアを利用し匿名での内部告発をすると思います。
メディアに取り上げられることで全国的に事実を知ってもらい、それによって水俣病の拡大を食い止める方向に動かす事が出来ると思います。
Posted by 0613050 at 2007年11月29日 12:31
もし私がチッソに勤めていて、何かしら原因に気づいたり、知っていたとしても
多分何も行動を起こしていないと思う。当時の科学者と同様に口を閉ざし、会社の
ことだと勝手に責任転嫁しているだろう。なぜなら当時の社会体制は“会社”という絶対的な権力があまりにも大きすぎて、一個人の力は到底及ばないと思うからだ。口では簡単に言えるが実際行動を伴うとなかなか難しくなる。ビデオに出てきた「わたしは会社の人間ですから」というワンフレーズが語らずとも当時の全てを語っているように思った。
もし仮に個人ならずとも複数の賛同者を連れて摘発行動を起こしたとしよう。しかし、状況は何も変化しなかっただろう。何かを残せたとしたら行動を起こしたという歴史のみだと思う。
Posted by 0613015 at 2007年11月29日 12:36
もし、私が当時のチッソに勤めている技術者のひとりだったとしたら、どうしただろうか?まず、現状を自分なりに把握したいと思う。それはことを知らないとどうしようもないと思うから。会社側が素直になるとしてもならないにしても、事態がわかっていたら諦めがつく。もし、会社がつぶれることになっても、本当のことは隠されたままかもしれない。そんなことで自分が納得できないままにならないようにしたい。もちろん、職を失うことはいやなので内部告発などはしない。しかし、原因の解明などは自分たちの手でやっていきたいと思う。
Posted by 0613014 at 2007年11月29日 12:43
僕がもし当時のチッソの技術者だったら水俣病の原因に気づいても一人では決して動きません。まず同僚に相談し何人かでどうするか決めます。動く派、黙る派に分かれたときも人数の多いほうに行きます。一人でも行動できる勇気はすばらしいし理想ですが、現実はそうやさしくありません。きっと職を失って、家族がいれば一家心中もありえます。
動けばそれなりの変化は起こると思います。それが世間に公表されなくても社内では確実に動揺が起きると思います。
動かなければきっと何も変わらず水俣病の患者は増え続けていくだろうと思います。
結局言ってしまえば自己中心的な意見ですがこれが僕の本音です。建前の意見じゃなくて本音で語りました。
Posted by 0613037 at 2007年11月29日 12:46
 私がチッソの技術者でこの問題に気づいたとしたら、私は問題を隠しながら会社にいることに耐えられないと思う。どうにかして上司や同僚に危険性を伝えようとし、それでも認めてもらえなかったら、私は会社を辞めることを選ぶだろう。そんな会社にはいたくないと思うし、そこでこれから先会社のために働いていく気にはなれないからだ。
 しかしこれは今現在のわたしの考えであって、もし私に養っていかなければならない家族がいて、当時のチッソに勤めていたとしたら、私は会社を辞めることができただろうか。会社が問題を認めてくれるように努力はするが、結局は会社のやり方に従うしかないかもしれない。しかし、いつも罪悪感を感じながら働くというのはすごく辛いことだ。その辛さを考えると、やはり私は耐えられないと思う。
Posted by 0513043 at 2007年11月29日 13:14
また口をはさみますね。「養っていかなければならない家族のため」ということばがありますが、では、みんなが「養われている立場」だったらどう思いますか?感じますか?想像してみてください。お父さんが、そういうことで苦しんでいたらどう言ってあげますか?「私をそこまでして養ってくれてありがとう」と言うのですか??
Posted by kondojikondoji at 2007年11月29日 13:21
今回取り上げられた問題は、講義一回目のシルクウッドの話によく似ていると思う。仮に問題に気付いたとしても、自分の働いている会社を告発することは簡単ではない。仮に告発できても、周り全てを敵に回し、訴えが届く前に握りつぶされてしまう可能性は極めて高い。しかし放っておけば日本中を巻き込む大問題になるとわかっているために大きな決断を迫られることだろう。訴えを起こすなら一秒でも速く、そして同じ意見を持つ仲間を一人でも増やすことにまず専念すべきだと思う。
Posted by 0633021 at 2007年11月29日 13:24
私が当時のチッソに勤めている技術者の一人であって状況が把握できていたとしても内部告発はしなかっただろう。会社は揉み消すだろうし自分にどんな仕打ちが返ってくるかわからない。人間は『今』を生きることに必死で自分もその中のひとりである。だから、強い勇気もないし、まわりの事を考える余裕なんてなかっただろう。しかし、黙っていることは人としてとてもつらいことで罪悪感を持たずにはいられない。結局、会社としても歴史としても何も変わらない。変わったのは一生罪悪感を背負って生きていくようになったのが私になったという事だけだろう。
Posted by 0613035 at 2007年11月29日 13:35
もし当時私がチッソに勤めている技術者の一人で、水俣病の原因について気づいてしまったら、告発する方向に考えを持っていくと思う。放っていけば、自分たちのせいで大勢の人が苦しみ死んでいくことになる。告発したらその後大変な生活が待っているかもしれない。しかし、家族は自分がそう行動することを後押ししてくれると思う。職を失ってもまた探せばいいし、苦しくなっても生きていくことはできる。ただ、自分をあとで責めるような行動はとりたくない。告発しなくて人生を罪悪感とともに過ごすのはいやである。
Posted by 0612017 at 2007年11月29日 13:42
 もし、私がチッソに勤めていてこの原因を知っている技術者だとしたら、同僚や上司に相談した上で、内部告発をすると思う。「知っている」のに、そのまま会社に勤めて水俣病患者が増え続けていくのを、黙ってみているのはあまりに辛いことである。
 その行動によって問題が完全に解決されるとは限らないが、行動を起こさないと何も変化は生まれないと思う。何より、後々絶対に後悔にすることになるだろう。もし自分に家族がいても、私のとった行動を理解してくれると思う。
Posted by 0612022 at 2007年11月29日 13:56
私がもし当時のチッソに勤めている技術者のひとりだったとして、水俣病の原因について気付いたとしても、おそらく私は何も行動を起こさず、見て見ぬ振りをしていただろう。内部告発というものは、組織犯罪などの不正行為を摘発するためには非常に重要な意味を持った行為と言える。しかし、告発者は必然的に組織全体を敵にまわす事に繋がり、その組織に報復人事などの不利益な扱いをされたり制裁を加えられる事も大いに考えられ、非常にリスキーな行為でもある。それほどの勇気を自分は持ち合わせていただろうか?また、近年日本でもやっと内部告発を行った労働者を保護する法律が施行され、社会的にも内部告発者を擁護する風潮がある程度見られているが、それでも内部告発者に対する企業による制裁は行われており、現在でもまだまだ告発者の保護は不十分である。当時の状況であれば、なおさら内部告発という行為は困難であると思える。私には自分の立場やなにより家族、近しい人間を犠牲にしてまで正しい行動が出来たとは思えない。
Posted by 0612021 at 2007年11月29日 14:12
 もし僕がチッソに技術者として勤めていたとしても、大きなことはできなかったと思うが同僚と協力して解決する方向に持っていこうとしたと思う。自分の勤めている会社が原因であると分かったならなおさらそうすると思う。もしそのことにより自分の立場が悪くなって生活が苦しくなったとしても、事実を隠し人々に被害を与えるような会社にいることは嫌だし、被害の現場や被害者を見たときの方が苦しい気持ちになると思う。自分たちが行動をしてどうなるかは分からないが、技術者として少しでも被害を抑えることができたのではないかと思う。
Posted by 0612019 at 2007年11月29日 14:16
もし私が当時のチッソの技術者で環境汚染に気づいてしまったら、外部には漏れないよう会社の重役にだけ報告したと思う。なぜなら、会社側は重大な問題なので改善に努め、それにより被害もほとんど出ずにすんだと思うからである。また、私の意見により会社は間違いを犯さずにすんだことと、外部への口止め料として私には特別な報酬が出るからである。もし仮に会社側が私を危険因子と捉えクビにされるようなことがあれば、私は名前を公表し、各情報機関にその情報を売ったと思う。それにより会社は改善に努めなくてはいけない状況になり、被害もそこで治まるし、私にはメディアからの情報料と、勇気を出して告発した人間としての名誉がもらえるからである。
Posted by 0611023 at 2007年11月29日 14:25
内部告発をすると思う。自分はどうしたいいのか分からなくなるぐらい、かなり悩むだろうけど被害を受けるのは自分だけではないし、なんとかなるだろうという問題でもはない。黙っていることは無責任な行動である。自分のしてきたことに責任を持つことが上にたっている者の義務であると思う。会社の人間を犠牲にすることは重いが、真実を隠す罪、会社以外の人間をも犠牲にすることはさらに重いことであると思う。
Posted by 0613012 at 2007年11月29日 14:42
私がもしチッソに勤めている技術者で水俣病の原因について気付いたとしたら、まず信頼できる仲間や技術者、そして家族に相談すると思います。一人ではなにもできないと思うので、力のある技術者とさらに原因をつきつめていきたいです。一人だけでは内部告発ができるほどの勇気はありませんが自分が正しいと思うことをみんなと調査していけば自分の考えも確立し自信をもって告発できるかもしれません。今はみんなが多少の公害問題についての知識をもっているし、告発すればこちらが有利になりそうですが、なにも知られていなかった昔での告発は、仲間も少なく大変なことであったと思います。自分の会社が汚染をしている、という自覚をもてないだろうし、悪いことだと気がつくことすらできないかもしれません。それでも見て見ぬふりはしたくないと思いました。
Posted by 0611003 at 2007年11月29日 14:45
 もし、自分が当時問題が起きている工場で働いていたとしたら、まともに向き合うことは困難だったと思う。
 会社で働いていく以上、自分の全ての行動には、大きな責任が伴うことになる。また、様々なしがらみも生じる。当然会社は潰れるであろうし、働いている全員が職を失うこととなる。人として正しいことは、万人に受け入れられるわけではない。
 だか、一方で、公害で苦しんでいる人がいるのを知っている。そして、自分にはそれをどうにかできるかも知れないということにも気づいている。人として、何とかしなければと思うのは当然である。
 ただ、この二択の中で、自分は冷静な判断が出来るとは思えない。だがもし、自分がこのような状況に立たされたら、理想論だが、後者の方でありたいと思う。
Posted by 0613033 at 2007年11月29日 14:58
 公害を引き起こすということは 通り魔的、または無差別殺人的行為であると言える。
 もし自分がチッソ社の一部であり、危険に気付いたとしたら絶対に告発すると思う。そうしなかったらなら、他人に知られないとしても自分は通り魔であり、無差別殺人犯のままで、生き続けることになる。
 今までの自分の生活が崩れるとしても、殺人犯になるよりはマシだ。生活は取り戻せても罪は消えない。
 自分達は殺人犯になりかねないということを会社全体に知らしめて被害を防ぐ活動を引き起こすと思う。
 
Posted by 0613038 at 2007年11月29日 15:03
原因に気づいてまず行うことは、当時の実際の技術者たちと同じように、上司への報告であるに違いない。しかし、やはり相手にされることはまずないだろうと考えられる。そうなると、世間に公表するためには自分自身が会社を訴える立場にならなければならない。しかし、チッソの会社員がみな職を失うこと、水俣病にかかった多くの患者とその家族に対する重すぎる責任、社会からの批判を受けることを考えれば、やはり自分も会社の隠蔽行為に従ってしまうだろう。当時の技術者は自分たちの会社が水俣病の原因であることがわかっていながら、それを隠し続けなければならないという大きな苦しみを背負っていたに違いない。私たちはこのような報道に対して、常に被害者側の対場に立ってしまうが、加害者となってしまった者の苦悩も非常に大きいものであることがわかった。
Posted by 0613047 at 2007年11月29日 15:05
僕がチッソの技術者だとしたら、とにかく行動することから始める。まず様々な人の考え方を参考にしたいので、身近な上司、チームの仲間に相談するであろう。そして、様々な意見、考え方を知る。被害についても調べる。自分、事業がしていることは、人々、環境にどのような影響を及ぼしているのか。できるだけ多くの情報を集める。家族、お金についても考える。そして、この場合、実際多大な被害を与えているので、自分の過ちを受け止める。チームで共感者を増やす。会社が恐れるくらいの共感者を集めようとし、また、その過ちを受け止める人間で、権力のある人を探す。仲間を集めた後、会社内で対策を考える。淘汰される可能性はへるであろう。そして、徹底的に対策をする。現状より悪い方向に行かなければ、少しでも効果はあるのだから。
Posted by 0613009 at 2007年11月29日 15:06
私がチッソの技術者なら、まず、一人で行動するようなことだけはしない。
何故なら、たった一人で行動したとしてできることは皆無に等しいからだ。
企業内で相談しても、当時の時代背景を考えると内部で協力してくれそうな人はほとんどいないと思われる。
故に外部への情報公開が有効だと考えられる。
政府、もしくはそれに近い組織。あるいは近隣住民などに公開することによって比較的効果はあげられると思われる。
しかし、自分の周りの人間を巻き込んでまで企業を批判することなんて、ふつうはできるはずもないと思う。
Posted by 0721028 at 2007年11月29日 15:15
私がもし、チッソに勤めている技術者の一人で、水俣病の原因に気づいたとしても会社を敵に回すなんてまず無理です。私はそんな強い人ではありません。今だから奇麗事を言えるのであって、おそらく当時なら気づいてないふりをしてそのことを避けつつ会社に勤め続けるか、就職口は現代よりあるはずなのでそれとなく周りに忠告をし、会社を辞めて遠くに引っ越すかするでしょう。
このようなコメントをしていて罪悪感はもちろんあります、ありますが、小さな正義感を振りかざしたところで大きな大きな権力には勝てる気はしないでしょう。いざとなればほとんどの人間は自分の保身が大事なものです。
Posted by 0613023 at 2007年11月29日 15:31
 私がもしチッソの技術者であり水俣病の原因に気づいたとしたら、上の人間に報告し、なんとか汚染をなくしたいと思うだろう。しかし同時に職を失うことや、もみ消される可能性なども考えてしまうだろう。私に扶養すべき家族がいたなら、その考えは大きくなり、相当悩むだろう。
 しかし、放っておけば家族や知り合いにも被害が及ぶだろう。なので、まずは水俣病がチッソのせいなのが確実だといえるデータを集める。そして信用のできる同僚や上司に話し、早期の解決、もしくは内部告発に向けて動きたいと思う。
 これは理想に過ぎないかもしれないが、この行動で少しは世論を動かすことができるだろう。
Posted by 0611002 at 2007年11月29日 15:35
私がチッソの技術者なら、国に内部告発をする。内部告発ならば、自分の身分や名前もバレないだろうし、会社に訴えるよりも効果は大きいだろう。
チッソでは、上司に報告をしていたみたいだが、会社や自分の名誉を考える上司なら、すぐにその事実をもみ消すこともあると考える。しかし、内部告発なら会社と国(政治家)とがよっぽどの関係を持っていない限り、そして、信憑性のある告発ならば、何らかの捜査はされるだろう。
Posted by 0611009 at 2007年11月29日 15:38
もし私がチッソに勤めている技術者の一人で、水俣病の原因に気付いたなら、私は行動を起こすだろうか?いや、起こさない、起こせないと思う。
もし動いたとしたら、自分が告発しようとしたというその事実は会社にもみ消され、自分は会社を追放されるのは目に見えている。そこまで判っていて動き出す勇気は私には無い。私に出来るとするならば、まず第一に近所の人たちや友人、出来るだけ数多くの知人に注意を促すことくらいである。そして、その人たちがその事実を信じれる位の証拠は用意する。その事実を信じた人たちが知合いにそのことを伝えていくという地道な活動。第二に出来るだけ数多くのマスコミまたは行政に匿名で訴えること。一個人で問題を公にするために出来ることはこの二つくらいである思う。
会社内の有志で、または労働組合で連合して告訴すればいいという人もいるだろう。しかし私は団体になることは危険だと思う。なぜなら、途中で保身に走る者もいるだろうし、私がそうならないとも限らない。一人一人思惑も違うし確実に足並みは揃わなくなるだろう。それでは行動を起こしても決定打にはならずまったくのところ無意味である。
結局は、気付いた、気付かされた者達一人一人がこの問題について考え、自分なりに解決していくしかないのだろう。
Posted by 0721001 at 2007年11月29日 15:57
私がもし当時のチッソに勤めている技術者で、水俣病の原因に気づいたとしたら。やはり、自分の勤めている会社が原因で苦しんでいる人がたくさんいるのだから、すぐに上司にそのことを伝えるだろう。しかし、会社側はそれを認めてくれないと思う。
そんな状況のときに、原因に気づいた人間が私1人であったら、もう何も行動できないと思う。だが、同じ技術者などで他にもこの事実に気づいた人がいたなら、その人たちと一緒にこれ以上被害が広がらないように上司に訴えたり、廃水をきちんと処理する方法を考えたりしたい。
そのような行動をとることによって職を失うことになるかもしれないが、たくさんの人が苦しんでいるのに放っておくことはできないと思う。そして、行動を起こすことが水俣病の人はもちろん、会社のためにもなったはずである。
Posted by 0611005 at 2007年11月29日 16:30
もし技術者の一人として原因に気づいたら、と考えると当時本当に気づいていた人の苦悩が脳裏に浮かぶ。

以前に見たシルクウッドの件では自らが被害者だったから何者をも恐れずに社会に対して真実を公表しようとする姿勢がみられたが、今回では自分は全くの加害者である。

もちろん公表すること、そして対策を講じることが最善の策だとは思う、しかしそれは自分の罪を認めることでもあり、生半な気持ちでは出来ることではないと思う。

400番目の猫を見て科学者は何を思い、なぜ発表資料から外したのだろう?
これも自らの罪を認めたくなかったためだと思う。
心の中では良心の呵責で死んでしまいたいくらいだっただろう。

そういったことを踏まえた上で、私ならば上記の最善の策を講じ、自らにできることを全てやった上で人生に幕を下ろすだろう。

私に限らず多くの人は、何百何千という命の重さに耐えられるほど強くはできていないと思う。
Posted by 0613006 at 2007年11月29日 17:08
もし自分が技術者の1人であったら?という話だが、まず間違いなく社内でその事を発言しても、もみ消され、また社から追放されるだろう。
だが、むしろあえてそうする事で外部からの告発をすることができる。元内部の人間であり、またその技術について詳しいとなれば、言葉の信憑性も高く、会社がどのように取り繕っても証拠を提示することができるのではないだろうか。
当時の技術者がどのような考えを持っていたか、また告発された自分に対してどのような感情を抱いていたか分からないが、自らにその災害が降りかからなければ、見過ごすというのはどうしてもやってしまうが、おかしいと思う。
Posted by 0614048 at 2007年11月29日 17:26
自分ひとりが水俣病の原因である有機水銀が自分の勤める会社から垂れ流されているということを、実験等によって知ったとしても、それをすぐに事実だと認めることは出来ないと思う。まずは、自分と同じ経験を持つ人間を増やそうと思う。自分と同じ技術者という立場の人間と共に、できればチッソに技術者として勤めている人間全員と、もう一度同じ実験を行い、有機水銀の発生を確かめることで、自分と同じ実験結果を目撃した人間を得る。そこから技術者達に、技術者として有機水銀発生の事実を会社に報告するよう説得する。報告書等の文字で見るよりも、実際に自分の目で見る実験によって実証されたことなら納得もし易く、またその場に居た人間全員が同じ結果を見ているため、一体となって動くことが出来るのではないかと思うからだ。会社としても、自社の技術者全員から声が上がれば何らかの対策を行わざるを得なくなると思うので、被害の縮小も可能であったと思う。
Posted by 0611017 at 2007年11月29日 17:40
もし、自分が当時のチッソの技術者で水俣病の原因に気づいたら、いきなり一人で内部告発のようなことはせず、まず同僚と相談し、自分に理解を示してくれる仲間がある程度増えてきたあとに、国・地方自治体はもちろん、第4の権力と言われる報道機関(大手)に会社のやっていることを告発しただろう。
そうすることにより、国民にも「何か今の日本は変だ」と思わせることができ、他の会社の公害問題も表に出てきやすい雰囲気が形成され、もっと早期に公害問題は片がついただろう。
しかしながら、もし誰も自分のいうことに耳を貸してくれなかったら、そのまま黙っていたと思う。一回目の講義で見たシルクウッドの主人公のように一人で真っ向から会社と対立することというのは、自分には怖くてできない。当時は、高度経済成長期の時代であり、調和条項に代表されるように経済発展が優先される時代だった。そんな時代に、一人の人間が騒いで国や地方自治体に告発しても、もみ消されてしまうだけだっただろう。また、今のようにネットも普及しておらず、自分の近くにいる人にしかこういったことは伝えられない時代だったため、冒頭で書いたことは実現が難しいと思う。
ましてや、水俣のようにそこまで人口の多くないところではなおさら難しいだろう。
今の時代、客観的に考えると当時のチッソは自分たちの利益のために公害問題を引き起こした最悪の企業であるが、ある意味では当時は日本の経済発展に貢献していたとも言え、必ずしも悪ではなかったのである。
そんな時代に、社会悪だと言い切り、会社を告発して社会全体にも波及させるというのは容易ではなかったと思う。
Posted by 0612014 at 2007年11月29日 18:04
もしも自分が当時のチッソに勤める技術者だったら。50年近く前の自分なら、青臭い(?)正義感と義憤に駆られ、会社と真っ向から対立していたかも知れない。安保闘争・学生運動、春闘・ストライキ等々、今では考えられないほど国民がエネルギッシュだった時代ではあったが、そんなものとは一切関係なく、それはおそらく「シルクウッド」の論評にあるように「何らかのイデオロギーや高尚な知識」によるものではなく、「きわめて個人的な」肉体的・精神的ショックによるものだったろう。だが、その頃よりは世の中の仕組みが多少わかり、小ずるくなった今の自分に置き換えて考えれば…。いろんなしがらみに身動きが取れなくなり、個人と組織、或いは会社人間と社会人とのジレンマに陥り、結論の出せない葛藤に苦しんだことだろう。最終的にはある日突然、些末なきっかけで衝動的に何らかの行動(告発・退社等)を起こしたかも知れない。或いは「触らぬ神に祟りなし」とばかり、口をつぐんだかも知れない。
「告発する」 もっとも可能性が高い方法かも知れない。が、例えば数年前の雪印牛肉偽装事件では、告発を行った西宮冷蔵にたいして世間はあまりにも非常であった。業界からも監督官庁からも不当な仕打ちを受けて倒産の憂き目にあった。(その後のことは殆どニュースにも取り上げられないし、ことの顛末は知らない。)「正直者が馬鹿を見る」「長いものには巻かれろ」「泣く子と地頭には勝てぬ」「水清ければ魚棲まず」等々。 日本的世渡りの術は民主主義の世になっても、なんら変わることはないのかもしれない。
「弁護士を立てて裁判に持ち込む」「労組や民主団体とともに戦う」 だが、自分の味方だと信じた末に裏切られて馬鹿を見る、おいしいところを持って行かれる、といったケースもある。光市母子殺害事件の弁護団のように、争点を外され事件の本質がゆがめられたり、一個人の真情が特定の団体のイデオロギー宣伝に利用され、ねじ曲げられる可能性だって大いに考えられる現状だ。
「世論を盛り上げる」 誰かが行動を起こしてくれないかな。国会を取り巻いて抗議行動が始まればなぁ。どこかの国なら、とっくにクーデターが起こっているのに。こんなことを漠然と考える人は多いかも知れないが、多くの人は自らは行動しようとしないし、声を上げることにも尻込みする。自分にできる最善の努力・最大の貢献は署名やカンパに協力すること。それ以上積極的には関わりたくない。目立つことはいやだ。利害の対立する人や意見を異にする人から、どんな反撃を食らうかも知れない怖い世の中だ。目立たず大衆の中に埋もれて暮らすのが一番安全で賢い。日和見主義といわれようと、大勢が決してから勝ち馬に乗るのが得策だ。一人では何もできない。かといって、まとまるのも勇気が要る。何の力も持たないごく普通の善良な小市民。我々の多くは心のどこかでこう考えるのだろう。(イジメの構造と酷似しているかも)
どんどん脱線するが。軍隊(軍部)は、戦争などの作戦計画を立てるとき、敵の損害と味方(自軍)の損害を計算するという。作戦決行の前に、例えば「我が軍の損害は兵員500名までに抑える」というように。最初から500名の人命が失われることを見越して戦争を始めるのだ。兵士は補充の利く消耗品として扱われる。それよりも敵のダメージが大きく、陣地を拡大できれば作戦成功とわけだろう。最近よく発表される東南海地震等の被害予想でも同じような試算がなされる。建物の全半壊○○戸、死者△△万人、といった具合に。新型インフルエンザのパンデミックが起こった場合、全世界で○○万人、日本では△△万人の死亡が予想される。といった記事もよく目にする。何が言いたいかというと、企業にせよ、国にせよ、組織というものは大きくなればなるほど、そこに所属する一人ひとりの人間のことなどあまり考えなくなるのではないだろうか、ということ。企業や国にとってみれば我々大衆は悔しい限りだが、一山なんぼでたたき売りされるバナナと基本的には変わらないのかもしれない。
起業家や為政者にしてみれば、大衆は勤勉で物言わぬ方がよい。知恵をつけない方が都合がいい。大衆は文字通りマス(mass)であり、補充交換可能な顔のない存在であることがベストなのだ。戦争や災害での人名の損失が最初から見込まれ、薬の副作用による後遺症や死亡が、ある程度容認されるように、水俣病をはじめとする公害も、ないに越したことはないがあっても仕方がない。損益を天秤にかけて、多少の不都合には目をつぶる。という姿勢で企業活動は行われているのだろう。極論すれば、公害は必要悪だ。社会の発展にはある程度の犠牲はつきものだ。我々が社会をリードしているのだ。国益が第一だ。経済優先だ。どこかの総理のように「我々に従って痛みを分かちえ」ぐらいの不遜さをこの国のリーダーたちは持っているのかもしれない。薬害訴訟などで国が敗訴するということはほとんどない。国を揺るがすような政官財界を巻き込んだ事件でも、ほんとのトップがお縄になることはほとんどない。薬害エイズ事件でもトップ(になるのかな?)の安部教授は結局無罪。さながら庶民感情からはほど遠い伏魔殿の様相だ。「悪いヤツほどよく眠る」「悪いヤツほどよく笑う」
戦争でも災害でも病気でも、最優先で守られ続け、生き残る権利を保障されるのは、(どんなに無能であっても)為政者であり特権階級の人間だ。新型インフルエンザ発生時のワクチン?(タミフル?)投与の優先順位が決められている。
真に我々国民のことを第一に考えてくれる政治家や企業経営者はいるのだろうか…。自分の命をなげうってでもこの人をノアの方舟に乗せたい、と思えるようなリーダーが現れれば、すこしは住みよい国になる気がする。だが、政治家を選ぶのは我々でもあるが。(民度が問われる。衆愚政治)
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がない 。」こんな政治家よ、出てこい!
Posted by (聴)27 at 2007年11月29日 19:30
原因に気付いた時、私はまず、どうすべきか一生懸命悩み、苦しむだろう。同僚にああしないか、こうしないかと相談したところで、どうせ上司に『ちくる』やつが出てきてすぐにその場から追い出されてしまうだろう。人間なんてそんなものだ。私がもし、駆け出しの技術者だったら、チッソなんかどうにでもなってしまえということで、さらに詳しく研究し、情報を外部に漏らし、捜査を始めてもらう。チッソは確かに大企業であるし、とても魅力的だ。けれども事実が分かった以上、そこに勤めているのは、毒を発生させる悪魔の工場に働きに行っているのと同じこと。私の性格上、こんなことには耐えられない。家族がいれば、止めろと言われるどころか、逆に応援されそうな気がする。少なくとも私の父がそうするのなら私は応援し、父を誇りに思う。海にはどろどろが溜まるし、魚には重金属が溜まる。それに人々は苦しみ、死んで行く。この光景を果てしなく見ていろというのか。とても耐えられるものではない。この状況を変えられる人間は限られているんだと言い聞かせ、清水の舞台から飛び降りる気持ちで行動に移すだろう。
 けれども状況が必ずしも良くなる方向へ向かうとは限らない。恐らくチッソは下手な言い訳をし、調査結果を押しのけ、再び生産を伸ばそうとするだろう。企業など、よっぽどの事が無い限り腰を上げてくれない。そして状況もあまり変わらず、時間だけが過ぎていく。そんな気がする。
Posted by 0611021 at 2007年11月29日 20:08
人間一人ひとりの力は小さく、そして私一人の力では何もならないだろうと考える私はまず何もできずに、水俣病患者が出ている現実を知りながらもその事実に背を向けて少しの間過ごすだろう。一人では何もできない。自分にも家族がある。仕事がある。
しかし、人間には良心がある。私の中にも良心がある。
だんだんとその良心がうずきだし、臆病になっている場合ではない、この事実を世の中に伝えなければならない。そう思って、たとえチッソの社員であったとしても内部告発をしようとするだろう。
しかし、実際問題ひとりの発言だけでは会社は動かない。もしかしたら私一人を会社から消すことによって、事実を消されるかもしれない。だから、内部にいる信用できる仲間を集めて、いま世の中に謝罪すること、真実を言うことの大切さを会社に訴えていこうとするだろう。
 
Posted by 0613017 at 2007年11月29日 21:31
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         誤                  正
16行目 世間はあまりにも非常であった。  世間はあまりにも非情であった。
49行目 起業家や為政者に         企業家や為政者に
51行目 戦争や災害での人名の損失が    戦争や災害での人命の損失が
57行目 「我々に従って傷みを分かちえ」  「我々に従って傷みを分かち合え」
Posted by (聴)27 at 2007年11月29日 21:58
 もし僕が当時のチッソに勤めている技術者で、水俣病の原因が有機水銀であるとわかったとしても、きっと隠蔽してい